INTERPRETATION

「マイ・ドリーム」

木内 裕也

Written from the mitten

アイオワ州での予備選挙をもって、ついに2008年アメリカ大統領選挙が本格的に始まりました。今回の選挙で目玉となっているのは、女性初の大統領を目指すヒラリー・クリントン候補と、アフリカ系アメリカ人初の大統領を目指すバラク・オバマ候補です。両者とも民主党の候補者で、現在はそれぞれニューヨーク州とイリノイ州の上院議員を務めています。そのオバマ候補の自伝、Dreams from My Fatherを日本語に翻訳する機会に恵まれ、先日出版されました。

 これまでにも3件の出版翻訳を経験しましたが、どれも今回のプロジェクトの数分の一の規模。オバマ氏の原書は約450ページもあります。通訳と翻訳は似ているようで、実際にはとっても違う能力が求められます。通訳者としてトレーニングを受け、仕事の大半が通訳である私にとって、今回のプロジェクトは非常にいい経験であると同時に、苦労するものでした。

 翻訳を始めたのは5月14日でした。大学で教えたり、学会で発表したり、論文を執筆したりしながらの作業であったため、訳の完成には3ヶ月を要しました。しかしその時点でもまだまだこなれた訳ではなく、「とにかく英語を日本語にした」という程度のものです。1日に10ページ以上をこなす日もありましたが、全く手のつけられない日が続くこともあり、短期集中型の通訳と長期型の翻訳の違いを実感しました。

 今回のプロジェクトでは翻訳者や編集者として非常に経験のあるパートナーに恵まれ、彼女が私の訳に手を入れてくださいました。私の訳を生かしながら、読みやすい日本語にする作業は、非常に骨の折れる仕事であったと思います。彼女の手の入った訳文は非常に質が高く、私がその後にチェックを入れたときには全く別物のような作品に仕上がっていました。予備選挙が始まる前に出版することができたのは、彼女の素晴らしい作業の成果としか言えません。

 完成した訳は分量が非常に多く、残念ながら訳者のあとがきなどを入れるスペースがありませんでしたが、とても達成感のある本に仕上がりました。アフリカ系アメリカ研究を専門にする私にとっても、オバマ候補の自伝を翻訳できたことは非常に光栄なことです。

 そもそもオバマ候補に関心を持ったのは、2006年のことです。その前に民主党大会で非常に素晴らしいスピーチをしたことは知っていましたが、私が修士号を取得したマサチューセッツ州立大学の卒業式に彼が基調講演をしに来たのです。講演を聞く前に彼のことを知りたい、と思って手に取ったのが今回の原書です。その時は自分が翌年にはその本を訳すことになる、など思ってもいませんでした。しかし彼の政治的な考えというより(そもそも、私はアメリカの投票権があるわけではありません)、本にきされた彼の軌跡に惹かれたのを覚えています。

  アイオワ州での予備選挙で勝利し、ニューハンプシャー州ではクリントン候補に続いて2位になりました。「選挙で勝つと、本が売れるかも」などと、やや不謹慎な期待をしないといえば嘘になりますが、何となく親しみを感じるようになったオバマ候補の今後が楽しみです。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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