INTERPRETATION

「GEUの交渉」

木内 裕也

Written from the mitten

 アメリカの研究機関には、大学院で研究を続けながら、学部の授業を担当している学生の労働組合が存在します。TA(Teaching Assistant)と呼ばれることが一般的ですが、リサーチを中心とするRAや、Teaching Fellowなど色々な身分があります。しかし基本的には学部レベルの授業を教えることで収入を得て、研究を継続するというケースです。ミシガン州立大学(MSU)ではTAやその他の大学院生が学部レベルの授業の半分以上を教え、採点の4分の3を行っているという統計もあります。したがって、大学の教育にとって非常に重要な位置を占めているといえます。そんな教員と学生の中間のような身分を持つ人々のための労働組合を、MSUではGEU(Graduate Employees Union)と呼んでいます。この春でGEUと大学の間で結ばれた契約が切れるため、新しい契約を結ぶための交渉が約1年前から行われてきました。

 もちろん大学側は様々な条件面で現状保持か、経費削減となる内容を提示しました。GEUは現状よりも望ましい環境を求めます。交渉は非常に難航しました。今回結ぶ契約は今後3年間の契約です。経済面としては、約3%の給料増をGEUは最低ラインと設定しました。ミシガンの他の大学では5%を超える増加率もあり、また教員は一律5%の給料増となったので、GEUも同率を求めましたが、現実的な目標として、インフレ率を下回る3%を最低ラインとしました。もちろん、インフレ率より給与の増加率が低い場合、現実的には減俸を意味します。しかしGEUの判断としては、3%まで妥協しない限り、以下に述べる非経済面での交渉に支障が出ると考えたようです。

 90%以上の大学院研究者が精神疾患にかかるというデータがあるとおり、心理学者との定期的なミーティングはほぼ全ての研究者が行っています。今年までは年に20回のミーティングまで大学が無料で保障していましたが、新しい契約では25回までの保障を求めました。また心療内科に掛かる場合(半数以上の研究者が掛かっています)、今までは1回につき30ドルを超える分を大学が負担していましたが、10ドルを超える分の負担を求めました。そのほかにも薬剤費や家族の医療費に関する内容など、医療面でのケア向上を求めました。

大学側は駐車スペースを減らして、「経済的に利益のあがる」施設を建設したいとしていました。これは研究者の駐車スペースが減ることになります。従って、現状維持が契約に盛り込まれました。またこれまでは授業を教えることにたいして、より経験のある教員とのミーティングやアドバイスを受ける機会が非常に限られていたので、そのような場の増加も契約に盛り込まれました。

 全ての要望が叶えられたわけではありませんが、最終的にはGEUが最低ラインとして設定した内容は満たされました。しかし交渉が合意に達したのは、ストライキが予定されていた日の早朝でした。MSUは州立ですから、研究者がストを行うことは法律上認められていません。しかしWalk-outと名前を変えて、事実上のストライキが予定されていました。前述の通り半数以上の授業が大学院生の研究者によって教えられていますから、これは大学にとって非常に重大なことです。また期末試験までに契約が結ばれない場合、学生の成績を提出しないこともGEU内で合意に達していました。特に卒業する学生にとっては重大な事態です。個人的には成績を伝えるので、学生は自分の成績を知ることができますが、大学が発行する成績表にはそれが反映されません。これも大学にとっては大きなプレッシャーとなりました。ストライキ開始が朝の6時でした。交渉が合意に達したのは6時15分。私の教える授業は12時半から。すっかりストライキと思っていた私は、いつもより遅めに目を覚ましました。授業の準備もせずにいたので、ストライキ回避のメールが届いたときには、急いで準備をしなければなりませんでした。しかし学生にも特に混乱が起きることなく何とか合意に達し、数週間後には新しい契約が有効になります。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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