INTERPRETATION

専門用語

木内 裕也

Written from the mitten

 専門用語は業務の事前準備の通訳者を悩ませる要素の1つです。余程精通している分野の通訳をする場合を除いて、常にその分野でしか使われないような専門用語があります。特に科学系や経済金融の専門用語に焦点が当てられがちですが、私が研究をしている歴史の分野でも、Historicizeという言葉がHistoryの動詞型として使われたり(ある事象を歴史の流れの中において考察する、という意味です)します。

 先週は救命の話をブログに投稿しましたが、医療の分野もその様な専門用語が非常に豊富です。しかし辞書に載っている専門用語よりも難しいのは、その分野の人だけが使っている特殊な表現でしょう。例えばIt’s so hard to read strips.という表現があったとします。英語自体は難しいものではありません。Stripと読むのは難しい、という意味です。しかしStripとは何でしょうか? 長細い紙のようなものをストリップと言いますが、心電図のことを指す言葉です。俗語と言えるでしょう。心電図はレシートのような感熱紙に波形が印刷されます。長さ15センチくらいになるレシートを想像すると、イメージがわくでしょう。これをStripと言います。心電図を読み解くのはER(Emergency Room)やED(Emergency Department)、ICU(Intensive Care Unit)で働く看護師や救命士にとってもなかなか容易なことではありません。救急車をBusやTruckと呼ぶことはずいぶん前の投稿にも書いたとおりです。Ambulanceと呼ぶことはまずありません。よくTruckという風に呼ばれます。

 その分野の専門である人達が良く使っているけれど、実は誤った表現ということもあります。これはサッカーの分野で非常に良く感じます。サッカー場の長いほうの線をタッチライン、短いほうの線をゴールラインと呼びます。しかしアメリカ人の多くはサッカー選手やコーチ、そして審判員もサイドライン、エンドライン、という風に呼んでいる事があります。Goal AreaとPenalty AreaをそれぞれGoal Box、Penalty Boxという風にも言いますが、これは過ちです。フットボールやアイスホッケーの用語が混同されて使われているケースです。この流れを受けてアメリカ国外のサッカー協会関係者まで、時に「ボックスの中で……」という風に言うことがあります。またサッカーの試合で話題になるオフサイドも、フットボールではOffsidesと複数形ですが、サッカーではOffsideです。There were three offside situationsという風にOffsideを複数形にするときはSituationやCallといった名詞をつける必要があります。

 通訳をしていて難しいのは、このようにネイティブスピーカーでさえ、誤った英語を使う可能性があることです。正しい表現に精通し、そして内部だけで通用する俗語に精通し、それに加えて頻繁に行われる誤用の知識も時に必要となります。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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