INTERPRETATION

もう少しお勉強なさってからの方が良いのでは?

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 このコラムでも宣言したフランス語学習。おかげ様で何とか3か月が経過し、今も続いています。6月20日には念願のフランス語検定5級も受験しました。自己採点の結果、たぶん合格できそうですので、まずはホッとしているところです。合格がわかったので、私の中で次の目標探しが始まりました。

 私は「ゴールを決めてそれに向けた計画を立てる」ことが好きな方です。几帳面だからというわけではなく、むしろ途中であれこれ迷ってしまって立ち往生することが不安だからです。「とりあえずプランだけ立てて、あとはそれに従って機械的にこなす」というスタイルであれば、深く考えずにすみます。そういう意味ではかなりモノグサなのかもしれません。

 さて、「仏検5級の次は4級をめざしたい」「でも次の試験日は秋。できれば夏の間に検定はないかなあ」と探してみたところ、TCFというフランス語の試験があることを知りました。説明を読んでみると、どうやら「TOEICフランス語版」という感じのようです。おりしも受験申込締め切りは翌週。私は「これだ!」とばかり、受験料を持って飯田橋の日仏学院へ出かけました。

 

 TCFの受験窓口である日仏学院は、飯田橋から徒歩5分ほどの所にあります。少し急な坂を上ると、緑の木々に囲まれた建物がありました。外観は昭和テイストですが、中はフランスそのもの。ドアを開けたとたん、ペンキと印刷物とカフェから漂うコーヒーの匂いが混ざり合い、イギリスに暮らしていたことを思い出しました。

 さて、受付に向かい、「TCFを受けたいのですが」と私は申し出ました。「ではこちらの申込書を記入してください」と係の方。けれどもその時点で、私は申込書に書かれていたフランス語が分からなかったのです。「住所、名前」の部分は何となく英語に近いので推測できましたが、それ以外の記入分野がさっぱりわかりません。

 「あのー、実はまだ勉強を始めたばかりで、ここに書いてあることがよくわからないのです。先日の仏検5級では自己採点で合格がわかったので、腕試しにTCFをと考えたのですが・・・」

 すると受付の女性はちょっと驚いた表情をしてこう述べました。

 「TCFは受験料が1万円もしますよね。もったいないので、もう少しお勉強なさってから受験したらいかがですか?」

 私はこの一言を聞き、本当にその通りだと思いました。確かにこの試験は誰でも受験資格があります。しかし、スタート地点である申込書すら分からない段階で受けてみても、点数こそ出るものの、かなり低い点となることは目に見えています。せっかく意気揚々として受験しても、点が低ければやっぱりがっかりすることはおおよそ想像がつきます。

 このとき私はふと英語学習者のことを考えました。今、巷では英語関連の試験が実力判定の手段として使われています。企業でも「○○テストで△△点をとれば駐在員候補者とする」など、ガイドラインを決めているほどです。けれどもその一方で、受験の必要がない人に対しても「試験を受けなければ」といった論調があまりにも強すぎるのではないでしょうか。そうして「何となく」受けてしまった人たちが、合否判定や自分のスコアに自信を失ってしまうのです。

 「もう少しお勉強なさってから」という一言で、私は「そうか、ある程度やってからでも遅くない」という勇気をもらうことができました。営利目的で1万円の受験料を徴収するかわりに、その受付の方は私に大切なことを教えて下さったのです。

 (2009年7月20日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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