INTERPRETATION

若い人に望むこと

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 先週金曜日、テンナインさんにてレクチャーをする機会をいただきました。

対象は同社でインターン中の大学生4名です。現在大学3年生の皆さんは、通訳業界や英語に興味があり、当初は1時間の予定でしたが、活発な質疑応答もあって1時間半ほどになりました。私自身、若い学生さんたちから多くの刺激をいただいて帰ってきました。

 今回お話したのは、(1)私がフリーランス通訳者になるまでのいきさつ、(2)印象的だった通訳業務・失敗談、(3)学生へのメッセージ、の3点でした。

 私が通訳者になったのは、どちらかというと自然な流れによるところが大きいと思います。イギリスの大学院生活から帰国してみたら日本経済はバブルが崩壊。当初は大学で教える仕事を望んでいたものの、「高学歴・高年齢・女性は難しい」と言われ、しばらく仕事のあてが全くない状態が続いていたのです。そのときたまたま、以前通っていた通訳学校の先生に帰国のご挨拶に伺ったところ、「ちょうど今、通訳の繁忙期で忙しいから手伝って」と言われて始めたのがきっかけとなりました。

 その後、「学生としてではなく、社会人としてイギリスで働きたい」と思うようになり、ジャパンタイムズの求人欄を探すこと数年。ようやくBBCで放送通訳者を募集している広告を見つけて応募し、運よく合格しました。ところがそちらはウェイティングリスト補充の求人であったことが判明。空きが出るまで2年半、ひたすらフリーで通訳業務を続け、ポストが空いたのでようやく渡英できたのでした。そして4年半ほど、放送通訳者としてロンドンで働くことになったのです。

 ところがテレビ局ゆえ、業務シフトが厳しくなり、ちょうど子どもが生まれたこともあって、夫婦で時間をやりくりしても子育てと仕事の両立が難しくなったので帰国。しばらく失業状態が続いていました。しかしイラク戦争がはじまり、在京テレビ局が急きょ放送通訳者を必要としたことから、今度は日本で放送通訳の仕事をいただけるようになったのです。

 こうして振り返ってみると、自分のこれまでの道のりというのは、人との出会いやタイミングが実に大きかったと思います。もちろん、自分の中で「これがやりたい」という気持ちを抱くこと、つまり長期目標を掲げることはとても大切です。けれども、焦ってじたばたしても状況が進展しないこともあります。とにかく、希望の灯だけは燃やし続けつつ、目の前のことを丁寧にあたっていくのが一番だと私は思っています。

 今回私がインターンの皆さんにお伝えしたかったことは3つありました。

 まず、「謙虚であること」。自分が知らないことを「知らない」という勇気の必要性です。知らないからこそ学ぶ。昨日よりも今日、新しいことを吸収することは、生きる上で大きな喜びをもたらしてくれると思います。

 2点目は「読書」。英語力・日本語力を伸ばす一番効果的な手段は、本をたくさん読むことです。読書を通じて知識の幅を広げれば、通訳業務において助けになることはもちろん、そこからどんどん派生して、今まで全く関心がなかったことにも巡り合うチャンスが増えてきます。

 最後は「仕事を楽しむための健康」です。社会人として日々、仕事に前向きに取り組むためには、健やかな心身が必要だと思います。そのためにはストレスをためず、運動や食事を通じて、自分の体をいたわってあげることも大切でしょう。

 今回お話した大学生の皆さんが、通訳業界、そして学ぶということ全般に少しでも興味を抱き、飛躍していっていただければこれほどうれしいことはありません。

 (2009年8月31日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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