INTERPRETATION

監督目線通訳

上谷覚志

やりなおし!英語道場

通訳者の思考と一般の人の思考の違いは、案外認識されていないかもしれませんが、主観的情報処理をいかに客観的情報処理に変えていけるかではないでしょうか?ですから語学的にはかなり高度な力を持ちながら通訳になれずに終わってしまう人がいます。

普段英語でコミュニケーションする場合、感覚的に相手の言っていることを“このような感じかな?”というノリで理解し、自分の伝えたい内容も“こんな感じだけどわかるよね?”という感じで相手に伝えながら、何度かやり取りしながら意味を確認しコミュニケーションしていきます。話を聞く場合も自分が興味あるかどうか、自分に関係あるかどうか、自分にとって得かどうかという主観というフィルターでどんどん情報を処理していきます。場合によっては、聞いているふりをしながら、全ての情報をシャットダウンして自分の世界に入ってもいいわけです。

通訳を生業にするようになって、主観的ではなく客観的かつ分析的に情報処理を行うスキルが鍛えられました。“なぜこの人は今、この言葉を使ってこの発言をしているのか”という客観的な分析をし、それをベースに次に何を言うのかということを予想していくスキルは必須です。

通訳をしている時、話に集中し必死で情報を伝えようとしている自分と一歩引いたスタンスで話の成り行きを見ている自分が共存しています。通訳学校に行っていた頃や駆け出しのころは100%前者の自分だけで通訳をしていたような気がしますが、経験を積むにつれて、次第に後者の自分を意識できるようになってきました。スポーツで言うなら、前者は競技者で後者が監督といったところでしょうか。この場合、監督は司令塔として話の成り行きを分析したり、どういう風に訳していくべきかの指示・戦略を出したり、パフォーマンスの評価も行ったりします。

通訳訓練をしていく中で、いくつかのステージを経て通訳力を磨いていくことになります。第一段階は言語学的な壁を超えるステージで、通訳者として最低限必要な言語力を身につけるステージです。最低限と書いたのは、言葉を生業にするからには目指す語学レベルには終わりはなく、このステージが終わることはないからです。先ほどの例えで言うと通訳者は競技者としての技量を磨き続けなければならないということになります。

次のステージはもう少し大局的な観点からコミュニケーションを捉える、つまり監督的思考を身につけるというステージです。通訳訓練をしている人または通訳を始めたばかりの人はどうしても競技者としてのスキルアップに固執しすぎ、伸び悩む人がいます。こういう方は訳すことに必死で、自分の訳がどう相手に伝わっているかまで考えが及びません。訳し終わってから“結局今の個所はどういう意味だったんですか?”と聞くと、先ほどのちぐはぐな訳ではなく、自分の言葉できちんと説明できる方もいます。

競技者としてのスキルアップは当然必要ですが、一歩引いた目線(監督目線)で客観的にかつ少し大局的に意味を捉える視点を取り入れることも同様に重要です。黒子に徹する、客観的に情報を処理するというのは必ずしも単語に忠実であることではありません。競技者目線で単語をいかに置き換えられるかに注力しすぎている方は、監督目線で適時客観的にメッセージを捉え、自分の訳が相手にしっかり伝わっているかどうかを判断する姿勢を持つことも忘れないようにしたいものです。

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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