TRANSLATION

クライアントインタビュー Vol.3 会議通訳者・橋本美穂 様

ハイキャリア編集部

クライアントインタビュー

日本を代表する通訳者の一人として活躍する橋本美穂さん。あらゆる業界の国際ビジネスを支えるだけでなく、ふなっしーやピコ太郎の通訳も務め、その対応力や表現の柔軟さに注目が集まりました。2023年6月に登壇した「TEDxKeioU」では、「感情や文化まで伝えることの難しさ」や「AIではなく人間の通訳だからこそ提供できる価値」について講演。
テンナイン・コミュニケーションは、そのトーク映像の日英翻訳を担当させていただきました。今回は、通訳を生業とする橋本さんが翻訳を外注した理由や弊社をご利用いただいた感想などについて、翻訳部コーディネーターの松本がお話を伺います。

【TEDについて】———————————————-
TED(Technology Entertainment Design)は、世界中の著名人によるさまざまな講演を開催・配信している非営利団体です。TEDxは、TEDからライセンスを受け、世界各地で発足しているコミュニティー。日本国内では「TEDxKeioU」以外にも、「TEDxKyoto」「TEDxSapporo」「TEDxUTsukuba」「TEDxUTokyo」などが開催されています。
——————————————————————–

プロジェクト概要

【業種】 教育/ビジネス
【内容】 講演動画の日英映像翻訳
【目的】 外国人視聴者に向けた字幕作成
【数量】 16分52秒/4,534文字
【期間】 2週間

今回の話し手

会議通訳者 橋本美穂 様

【通訳業務の魅力を全世界に発信するチャンスが舞い込む。】

——       どのような経緯でTEDxからオファーがあったのかお伺いできますか?

橋本:少し前の話になりますが、もとをたどれば、ふなっしーさんやピコ太郎さんの通訳がきっかけですね。記者会見という場でしたが、彼らは場を和ませるような発言をしたり、外国人記者にギャグを披露したりする。ビジネス通訳とは違う能力が、私に求められている感じがしました(笑)どうすればギャグを理解してもらえるか、笑ってもらえるか……と考えたときに、相手の心に響く通訳ができないかと意識するようになりました。

伝える内容によって声色や表情を変え、感情を乗せながら通訳した結果、「ただ訳すだけではなく、ちょっと変わった通訳をする人がいるぞ」と話題になり、情熱大陸などさまざまなメディアで取り上げていただきました。今回声をかけてくださったTEDxKeioUのチームの皆様も、そういった点に着目して、登壇オファーをくださいました。

——       お忙しい中、TEDxのオファーを引き受けた理由を教えてください。

橋本:通訳は単純な作業と思われることも少なくありません。「日本語を英語に置き換える作業」ととらえれば非常にシンプルですからね。でも、そこには奥深さがあるということを多くの方に知っていただきたい。なので、通訳について紹介できる機会があるならば、お話したいと思いました。

TEDxなら自分の言葉で語れる。それはつまり、通訳業を紹介できるだけでなく、私が大切にしてきた想いや、失敗から学んだ教訓などを伝えられるということ。またとない機会をいただけて感謝しています。

【通訳でも、翻訳でも、「心に響く」ことを大切にしたかった。】

——       なるほど。私もTEDxのトークを拝見しましたが、橋本さんのこだわりと想いが込められたプレゼンテーションだったと感じました。通訳者であり、英語力も申し分ない橋本さんが、なぜ翻訳を外注されたのか、その理由を伺ってもよろしいでしょうか?

橋本:「通訳には通訳の奥深さ」があるように、「翻訳には翻訳の奥深さ」があることを身をもって知っているからです。今回ご依頼したのは映像字幕翻訳でしたが、その世界特有の「伝える技術」が存在するはずです。英語ができるからという理由だけで私が字幕翻訳をつくったとしても、細かいテクニックやルールを知らないので、視聴者にきちんと伝わるものになるとは思えませんでした。

また、今回のTEDxのトークではできるだけ普遍的なエピソードを用いて、通訳のみならずあらゆる職業の方々に示唆を与えられたらと思っていました。さらに、言葉や文化の壁を越えて、世界中の人にインスピレーションを届けたかった……そう考えたら、字幕翻訳はプロにお願いするのが一番だと。達成したい目的は単に日本語を英語に置きかえることではなく、想いを伝えることなので、「字幕のクオリティーが命」ということは明白でした。

——         通訳のプロであるからこそ、その道のプロに頼ることの重要性を知っているわけですね。

橋本:はい。私は医療の通訳はできませんし、スポーツの通訳もできそうでできない。プロ中のプロの方って、難しいことをいとも簡単に、優雅に、何の粗相もなくサラッとやってのけるじゃないですか。だから、傍から見ているだけなら「私にもできそう」と思いがちですが、そんなことはない。

字幕翻訳は文字数制限があるので、情報を取捨選択したり、字幕を映すタイミングを調整したりしますよね。一言一句落とさないように頭から順に訳していく力が求められる通訳とは大違い。これはもう異業種というよりも異世界ですよ。日本語と英語の両言語を知っているからといって、安易に手を出すべきではないと感じました。

【プロを支えるプロがいる。
高品質な翻訳にはコーディネーターも欠かせない。】

——       実際に翻訳を外注されていがかでしたでしょうか?

橋本:翻訳作業が始まると、私なりにこだわりを持っていたキーワードやニュアンスがあったので、訳語の指定をさせていただきました。無理難題もあったと思うのですが、こちらの意図を汲み取っていただき、対応してくださいました。言葉選びなのか、字幕の配置の工夫なのか、コンマ何秒の調整なのかはわかりませんが、どれも素晴らしいクオリティで仕上げてくださって、プロのテクニックを感じました。

何度かやり取りをさせていただきましたが、間にコーディネーターがいてくださったからこそ、クオリティが高まったと感じます。依頼する側に立ったからこそ気づいたのですが、こういう仕事はクライアントとプロだけでは、きっとうまく進まないだろうな、と思いました。

——         うまく進まない、というと?

橋本:漠然と良いものにしたいと考えているクライアントの要望を、プロの方に伝わるように変換して伝えてくださるのがコーディネーター。私の伝えた無理難題も、「橋本さんはこう言っているけど、どうやって解決しようか」と社内で検討してくださっていたのでしょう。

字幕をチェックする際は、日英対比表をつくってくださり、効率よくチェックを進めることができました。問題点もコメント欄にわかりやすく残してくださったので、漏れなくスピーディーに確認できました。

——         ありがとうございます。おっしゃる通り、クライアントと翻訳者の間に入るコーディネーターは必要不可欠な存在だと思います。直接やり取りをされると、考え方の相違や厳しい伝え方のせいで信頼関係が築けないこともある。弊社はそれぞれの好みや人柄も把握しているので、うまく調整して進めていく自信があります。

【最小限の言葉で、すべての意味を伝えていく。魔法のような翻訳の技に魅せられて。】

——       印象に残っている訳文などはありますか?

橋本:記憶に残っているのは訳文の簡潔さです。通訳と字幕翻訳の違いのひとつに、尺の問題があります。通訳の場合も的確な言葉を選ぶように工夫しますが、たとえ言葉数が多くなってしまったとしても、早口で対応すれば漏れなく伝えることができてしまいます。

一方で、字幕翻訳は文字制限があって訳文がとても短いのに、情報も情感も落とさずに表現してくださることが不思議で。これはどんな魔法を使っているのか?と思うほどでした(笑)

橋本:逆に、コーディネーターさんが気を付けていることは何でしょうか?

——         それは翻訳者の人選です。今回はシェーン・ヒリという若手の翻訳者をアサインしました。正直、字幕翻訳の実績が多いわけでもないし、経験数が特別長いわけでもない。しかし、彼の言葉のセンスと柔軟性は本件にぴったりだと思いました。

「相手の心に響くメッセージを届けたい」という橋本さんの想いを叶えるには、言葉選びが非常に重要になる。さらに、弊社が提案する訳文に対して、何回かやり取りが発生するだろうということは予想できましたし、橋本さんとはそのようにして仕上げていくべきだと思っていました。

橋本:先のことまで予見されているわけですね。

——         翻訳者の中には「これには絶対にこの訳だ」と職人気質な方がいらっしゃいます。もしかしたら、それくらい自信がある方が安心するクライアントもいるかもしれません。でも今回はそうではない。最高の字幕翻訳を一緒に作りあげていくには、「こういう言い回しもありますね」「この言葉はどうでしょう」と柔軟に対応するスキルが必要です。だからこそ、ヒリは適任でした。

橋本:表現の調整に関しては、柔軟に対応してくださり有難かったです。また、ヒリさんが英語ネイティブとして文法面を徹底的に正してくださったことは安心感につながりました。私が書き直した英文が間違っていたときは修正してくださり、「こういう理由で、その表現は得策ではない」とプロのご指摘もいただけたりして……この方となら間違いない、と本当に心強かったです。

【これからの時代に必要なのは「人の意志を訳す」こと。】

——       TEDxトークの中でもAIについて触れられていましたが、人間とAIの関係についてはどのようにお考えでしょうか?

橋本:AIは人間が使いこなす道具だと捉えています。通訳におけるAIと人間の大きな違いは、「このビジネスを成功させたい」という意志があるかどうか。人間は成功に向けて、さまざまな工夫をこらすことができる。これを念頭に置いていただければ、聴いてくださった皆様も、仕事や働き方に対して気づきが得られるのではないでしょうか。AIに可能性を感じている人にも、AIを脅威に感じている人にも、人間が持つ「意志」の大切さを伝えたかった。だからこそ、TEDxトークのタイトルも「意志の通訳」にしました。

——         なるほど。AIの可能性や脅威の面でいうと、翻訳業界は今まさにその渦中にあります。実際に弊社でもAI翻訳を使用する案件がかなり増えました。仕事がなくなってしまうと脅威に感じている翻訳者も少なくないです。ただ、ビジネスを成功させるために適した訳文はどれか……という判断は翻訳者にしかできせんからね。

橋本:その通りですね。今回、私の希望は「心に響くメッセージを届けたい」「記憶に残る話をしたい」ということでしたが、今回の英語字幕は見事に応えてくださいました。これをAIで実現することはまだ難しいですよね?

——         正直、AIにもできる可能性はあると思います。年々、AIの精度は上がっているので、AI 翻訳や生成AIを使いこなせば、今回翻訳を担当したヒリでなくとも、極端に言えば翻訳者でなくても、同じ訳文にたどり着くことはできたかもしれません。

しかし、だからといって、翻訳者が不要になるなんてことはありません。たとえAIで99%分の仕事を進めたとしても、最後の1%のところで翻訳者の力が必要になる。この訳文でビジネスを成功させられるかどうか、人の心に響くかどうかについては、人間しか保証ができないと思います。

橋本:なぜクライアントがその仕事を頼んだのか、その真意を把握し、共感できるのは人間だけですからね。その意志をしっかりとキャッチして訳文に落とし込んでくだされば、AIを使っているかどうかは問題ではないと感じました。

——         どれだけ大量の訳文をAIが生成しても、判断を下すのは人間であり翻訳者。そこでしっかりと保証と責任を担保することが、エージェントの役割だと思います。通訳も翻訳も、本質は「人の意志を訳す」というところにあるのかもしれませんね。

▽橋本美穂さんが登壇したTEDxKeioUの動画こちら。
意志の通訳 / The interpretation of WILL(https://www.youtube.com/watch?v=yK5yEBKCLUU

==================
通訳・翻訳のご依頼はこちらから↓
https://www.ten-nine.co.jp/contact/
==================

Written by

記事を書いた人

ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

END