TRANSLATION

第30回 ディスクレーマー①

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

今回は、投資家向けの文書には必ずと言っていいほど掲載されているDisclaimerを訳してみることにしましょう。

Disclaimerはそもそも「責任を放棄すること」の意味で、日本語では通常、「免責事項」や「警告」、「ご注意」「ご留意事項」「重要な情報」「お断り」などのタイトルで掲載されています。英語では、Disclaimer(s)のほか、Important Informationや、何もタイトルがつかないこともあります。

例えばある投資レポートで「小型のバリュー株に投資妙味があるでしょう」という内容を見た投資家が、本当に小型のバリュー株ばかりを買ったとします。株価が上がれば良いのですが、結果として損失が出れば、恨みたくもなりますね。しかし投資レポートを作成した側から見れば、損失が出たからと言っていちいち訴えられては困りますので、あちこちに「これはただ提案してるだけで、実際どうなるか分からないから、もし投資するなら自己責任でやってね」みたいな警告文をちりばめておくわけです(笑)。月次の運用報告書などですと、本文よりもDisclaimerの方が長かったりします。

こうした警告文は、レポートの最後のかなりの部分を割いて、細かい字で掲載しているケース、プレゼンの全ページ下部にしつこく掲載するケースなど、様々です。

ほとんどは定型の文章で、使い回されることが多いので、新規で翻訳を依頼されることはあまりありません。しかし上でも言ったように、プレゼンなどに入っている場合がありますので、一応訳せるようにしておいた方が良いでしょう。日本に初めて進出した企業が日本の投資家相手にプレゼンしたり、レポートを発表したりする場合は、最終ページに小さな文字でぎっしり載っているディスクレーマーも全部訳してね、と言われ、げっそりすることがあります。

以下の文章は、あるファンドの運用報告書に掲載されていたものです。

【課題】
The views and information discussed in this commentary are as of November 30, 20XX, are subject to change, and may not reflect the views of the firm as a whole. The views expressed in market commentaries are at a specific point in time and are opinions only and should not be relied upon as a forecast, or research or investment advice regarding a particular investment or the markets in general. Information discussed should not be considered a recommendation to purchase or sell securities.

ざっと読む限り、逃げの一手!という印象ですね(笑)。このようにディスクレーマーは否定的な文章の羅列になることが多く、慣れていないと案外訳しにくいのですが、法律文や契約文の一種と考えて、正確性を第一に訳出すれば大丈夫です。(ただ、正式な契約書に載っている免責条項とは異なり、英語がどこか適当なこともあります)

さて、今回は解説すべきポイントはあまりありません。一つだけ気になるのはa forecast, or research or investment adviceで、これは本来ならば「Aまたは[BもしくはC]」の並びで解釈する必要があります。すなわちBとCが同じ仲間なので、Aだけで一旦区切った、というケースですね(例えば「机または[万年筆もしくは鉛筆]」など)。

しかし今回の場合、「予想」「リサーチ」「投資助言」は、どれも運用に関わる行為である一方、詳しく見ればそれぞれ内容が異なりますので、リサーチと投資助言だけを特に分ける意味はなさそうです。よって、特に厳密に訳せと言われていない限り、forecast, research or investment adviceつまり「A、BまたはC」と訳しても良いと思います。

【試訳】
本コメンタリーで言及された見方および情報は20XX年11月30日時点のもので、変更される可能性、また当社全体の見方を反映していない可能性があります。マーケット・コメンタリーに示されている見方は、ある一定時点の意見に過ぎず、特定の投資または市場全体に関する予想、リサーチ、投資助言として依拠すべきではありません。言及された情報は、証券の購入または売却のための推奨として捉えるべきではありません。

次回は、ディスクレーマーでよく見る別の文章を取り上げます。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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