TRANSLATION

第29回 reverseを使った文章

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回は動詞reverseを使った文章を検討してみましょう。

前回説明した通り、reverseは、それまでの利回りや価格の動き(上昇/低下・下落)が止まり、逆方向に動き始める場合に使われます。訳語としては「戻す」「反転する」など。せっかく「上昇/低下・下落」したのに、今度は「下落・低下/上昇」してしまった、というニュアンスから、「打ち消す」「相殺する」や、逆の意味で「取り戻す」もしばしば使われます。

今月の課題では、この「取り戻す」の例を見ることにしましょう。株式ファンドの運用報告書のうち、Market Review/Overview(「市場概況」「投資環境」等)の文章という前提で訳してください。

【課題】

February was a month of reversion as we saw most of the sharp moves after successive failed attempts by the government reverse in the month of February.

※attempts by the governmentは、例えばtax cut(減税)やinfrastructure spending(インフラ支出)など、pro businessな(企業活動を重視する)内容という前提で考えてください。

まず、as以下にあるmovesはニュートラルな表現で、上昇したのか下落したのか、これだけでは判断できませんが、政府のattemptsが企業活動を重視する、すなわち景気を支援する内容という前提がある以上、それが失敗したのであれば、株価は下落するのが普通です。よって、1月中は政府の何らかの試みが失敗し続けたために、株価が急激に下落したが、2月に入ってそれが逆転した(株価が上昇した)、ということ。

ここまで説明すれば分かると思いますが、sharp movesだからと言って、原文通りに「急激な動きが戻った」とのみすると、上記で行った推測を日本語文の読者にも強いることになります。しかし「日本語表現がおかしいわけでなし、原文通りの訳がダメなんて納得が行かない」。至極もっともな意見ですが、こと金融翻訳では、原文に忠実に訳して意味不明になったり、曖昧な文章となる(結果、読者に読解の努力を強いる日本語となる)より、この程度であれば話の流れをくみ取って、原文にない情報を追加するなどして、より分かりやすい文章とすることが求められます。

実際、この手の表現はしばしば目にします。今回は単に足りない情報を補えば済むケースですが、特にレポートの冒頭部分などの場合、どうしてもひねりまくった文章にしないと気が済まない筆者もいます(失礼)。もっとも原文が素晴らし過ぎて、自分の翻訳力では追い付かず、忸怩たる思いをすることもありますが。

ともあれ、その手の文章を普通に訳しただけでは、文化的背景の違う日本人が読んでもピンと来ない(正直分かりにくい)文章構成・表現になることが多く、そういう場合は補足、大幅な意訳、あるいは意図的な訳し落としをする、などの対処が必要です。

※これまでに何度も言っていますが、原文からどの程度離れるかは、クライアント次第。「原文に忠実」がお好みのクライアントで文芸翻訳ばりの仕事をしても、迷惑になるだけです。その逆もまた(当然ながら)真なり。

ところで、as以下の修飾部分を取り除き、分けて直訳してみると、

February was a month of reversion/we saw the sharp moves reverse in February.

2月は逆転の月であった。/我々は2月に鋭い動きが戻るのを見た。

となり、asの前と後で内容が重複していることが分かります。あえて言うならば、このasは「理由」の意味で、「それまで下落していた株価が2月には戻った、だから2月は逆転の月と言えるなあ」という感じでしょうか。ただasの後が長いので、日本語でも前の方から順に訳した方がいいように思います。そのため表現には一工夫必要です。

successive failed attempts by the governmentも難物ですね。いくら直訳が好みのクライアントでも、「連続して失敗した政府による試み」や「政府による試みの連続的な失敗」は、意味が通じるというだけで、金融翻訳としては20点。もう少し自然な表現を工夫してみましょう。ここは、名詞句から離れることをお勧めします。

さらに言えばFebruary was a month of reversionも、「2月は逆転の月であった」は不可。Februaryだけですでに「月」の意味があるわけですから、「~の月であった」にこだわる必要もありません。筆者が何を言いたかったのかを考え、金融業界らしい表現を使ってみましょう。

【課題】(株式市場に関する文章という前提で訳してください)

February was a month of reversion as we saw most of the sharp moves after successive failed attempts by the government reverse in the month of February.

【試訳】

2月、株式市場は戻り基調に転じました。政府の試みがことごとく失敗に終わったことを受けて、株価は急落しましたが、2月を通じて、それまでの下落分の大半を取り戻す格好となりました。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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