TRANSLATION

第11回 機械的に訳すと意味不明!

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回は、辞書の語義や英語の構造そのままに訳すと、非常に残念な(場合によっては意味不明な)日本語になってしまう例を幾つか挙げてみたいと思います。どれも簡単な文章ですので、まずはご自分で訳してみてください。

1)[GDPの文脈で]Growth was strong, boosted by a rise in inventories and government spending.

Growthは「成長」ですが、一国の成長について語る文脈の場合は、国内総生産(GDP)の成長率/増加率/伸び率を指していると考えてまず間違いありません。従って、inventoriesもgovernment spendingもGDPの構成要素として捉える必要があります。

国内総生産(GDP)=個人消費+設備投資+在庫投資+政府支出+輸出-輸入

ですから、inventoriesは「棚卸資産」ではなく「在庫(投資)」、government spendingは「財政支出」や「(政府の)歳出」ではなく、「政府支出」などとしなければなりません。普通の英和辞典に載っていないこともありますので、要注意です。

【試訳】在庫投資と政府支出の増加が押し上げ要因となり、GDP成長率は堅調な結果を残しました。

2)[金融政策の文脈で]We expect easier policy in Europe and Japan to stimulate economic growth.

easier policyは「簡単な政策」ではなく、easier monetary policyのこと。

ここ数年は特に、世界の中央銀行の金融政策(monetary policy)が市場の注目材料となっており、言及されることが非常に多いため、金融政策について述べた文章であるにも関わらず、monetaryという単語がほとんど出てこないことさえあります。世界的な金融緩和局面に入ってからすでに何年も過ぎ、単にeasyと言っただけで「金融緩和」を意味する状態となっているわけです(日本語でも同様に、「緩和策」だけで「金融緩和策」を意味します)。当然ながら、普通の英和辞典の語義にはありませんので、要注意。

今回はeasyでなくeasierですから、「金融緩和策の拡大」や「より緩和的な金融政策」などとした方が良いでしょう。

【試訳】欧州と日本では、景気刺激を目的とした金融緩和策の拡大が予想されます。

※ただし、上記の解説は早くも時代遅れとなりつつあります。11月の米大統領選以降、市場の注目点が、中銀による金融刺激策から政府による財政刺激策へと移りつつあるためです。ともあれここで言いたいのは、何も考えず字面だけを訳したまま放置するのはNGということです。

3)The inability of the parties to agree to form a coalition has meant that this country has been without a government for 2 months.

これは「ひたすら訳しにくい」例です。下線部は、「連立を形作るため合意する各党の能力のなさ」にしろ、「各党が連立形成のため合意できない状況」にしろ、原文だけをにらんで訳そうとすると、どうしても不自然な日本語となってしまいます。

こういうときは、普段どれだけ新聞等を読み込んでいるか、関連表現が頭の中にどれだけ蓄積されているかが勝負となります。調査すれば見つかることもありますが、仕事は基本的に時間との勝負。持ち駒はなるべく多くしておきましょう。もちろん、すべての分野を網羅することは不可能ですので、調査スキルを磨くことも重要です。

今回の原文は、要するに各党がどれだけ話し合っても連立が組めないため、組閣できない状態が続いている、ということ。これを日本のメディアなどはどのように表現しているでしょうか。

【試訳】諸政党による連立協議がいずれも不調に終わったことで、この国では政府が存在しない状態が2ヵ月続いています。

4)The US dollar benefited from its safe-haven status.

safe-haven (status)はよく見かける表現です。safe-havenすなわち「安全な避難場所」ということ。経済や市場が不安定になったり、先行き不透明感が強まったりした場合に、投資家が資金を安全な資産に振り向ける行為を「資産(資本/資金)逃避」と言います。例えば、信用力が低く価格変動が大きい新興国の株式を売って、信用力が高く価格変動の小さい先進国国債を買う、などの行動です。

safe-haven statusは、そういった逃避先の資産になりやすい位置付けにある、ということ。主な逃避先資産としては、米ドルを初めとする先進国通貨や、先進国の国債、金(ゴールド)などがあります。日本円も逃避先資産となることが多く、「有事の円買い」などと言われます。

「安全な避難場所の地位」とするのはちょっとまずいのですが、「資産/資金」、「安全」、「逃避」という言葉が混ざっていれば、それらしく聞こえるように思います。これらの言葉で検索すれば実例が多数見つかりますので、ぜひ探してみてください。

【試訳】米ドルは、資産の安全な逃避先としての特性から恩恵を享受しました。

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土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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