TRANSLATION

第50回 閑話休題

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回は「閑話」で行きたいと思います。

「閑話休題」は、
1)余談をやめて、本題に戻りますよ
2)本題からずれて、これから余談に入りますよ
のどちらの意味と思うかを問うた調査で、1)と2)の割合が、結構拮抗していたそうです。

「閑話」自体は、誰がどう見ても「ヒマな話」つまり「余談」ですから、それと「休題」を組み合わせたものを、
1)余談はもうお休みにしましょう
2)これから余談をお休みの話題として取り上げますよ
のどちらでとっても、感覚的におかしくはないはず。となれば、あとは「どちらの意味で使う人が多いか(これまで多かったか)」の問題になります。(どちらかの意味と信じて疑わない人にとって、反対の意味は「感覚的におかしい」ことになるのでしょうけれど)

「役不足」も、以前多く使われていた意味が(「間違った意味」とは言いますまい)通じなくなってきたからか、「彼は、役不足を本来の意味で使って…」のような表現で、誤読を防ごうとしている小説を見たことがあります。

このように変化の途上にある言葉を翻訳で用いるのは、どちらの意味で使うにせよ、なかなか勇気が要ります。

性格的にはおよそ保守的とは言いがたいわたしですが、翻訳で選ぶ言葉については、かなり保守的です。医薬など専門性の高い分野と異なり、ビジネス・金融分野のように、一般の人が読む可能性の高い文章の翻訳では、新語にせよ意味が変化した言葉にせよ、相当割合の人がまったく同じ意味で解釈していると確信できなければ、なかなか使えるものではありません。

最初、なんじゃその変な言い方は、と思っていたけれど、いつの間にやら定着してしまった言葉の例が「立ち上げる」。複合動詞になっているとはいえ、自動詞の「立つ」に目的語をとらせることに対して、最初は強烈な違和感があったものです。実際、2008年頃のNHKの某レポートに、「金田一春彦先生が、耳障りな表現である、と述べておられた」という記述がありました。

閑話の閑話ですが、この「耳障り」という言い方も、元々は「聞いていて不愉快」の意味だったのに、最近では「耳障りがいい」のように使われ始めていますね。

閑話休題の閑話休題。(さて、これはどちらの意味でしょう)

ともあれ、慣れというのは恐ろしい。「立ち上げる」は、特にビジネスでは今やなくてはならない言葉になっています。PCの電話サポートで、担当者に「PCを立ち上げてください」と言われ、自分が立ち上がってしまった、という逸話自体、すでに昔話になってしまいました。

従来と何ら変わらない商売方法をかたくなに守っている分野から、あっと驚く最先端分野まで幅広く網羅され、恐ろしいほどの知識を身につけた博覧強記の方々から、社会に出たばかりで、ようやく新聞の短い記事を読み始めたヒヨコちゃんまで、ありとあらゆる種類の人が含まれるビジネス・金融分野。どこに、誰に焦点を置いて訳す、と決めるのは不可能です。

となれば、ある程度の格調を維持するためにも、新しすぎる言葉は使わず、しかし世の中に徐々に浸透してきたら、翻訳が掲載される媒体や読者の種類を考慮しつつ、そろりそろりと使い始め、7、8割方浸透したら、むしろその意味の定着に手を貸すべく積極的に用い、9割を超えたらがんがん使う、てな感じで、臨機応変に対応する必要があります。

こうして書いてくると、完璧な対処はムリ!と、最初から白旗を上げたくなりますね(嘆息)。ともあれ、世の中の動向を観察するには、一般のブログ等もすべて拾うGoogle検索と、ある程度定着してからでないと新語を使わない新聞社記事の検索とをケースバイケースで使い分けるのがいいと思います。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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