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カンタン法律文書講座 第二十回 裁判・弁護士制度など

江口佳実

カンタン法律文書講座

英米法によるカンタン法律文書講座
第二十回 裁判・弁護士制度など
前回の第19回は、英国、米国、欧州の裁判所のしくみをご紹介しました。
今回は、裁判制度や弁護士の制度について、ご紹介します。

陪審制度

ヘンリー・フォンダの名演で知られる映画『12人の怒れる男』(1959年)を始めとして、アメリカの映画や小説でよく登場するので、日本人の私たちにも陪審制度はかなり馴染み深いものではないでしょうか。
とはいえ、それがどのような制度なのか、法的にどのような意味があるのかについて、もう少し詳しく知っておいた方がいいかもしれません。
たとえば契約書に、次のような条項があったとします。

【例文】

EACH PARTY HEREBY IRREVOCABLY WAIVES, TO THE FULLEST EXTENT PERMITTED BY LAW, ALL RIGHTS TO TRIAL BY JURY IN ANY ACTION, PROCEEDING OR COUNTERCLAIM (WHETHER BASED ON CONTRACT, TORT OR OTHERWISE) ARISING OUT OF OR RELATING TO THIS AGREEMENT OR ANY OF THE TRANSACTIONS CONTEMPLATED HEREBY.

【訳文】

各当事者はここに、法が認める最大限の範囲まで、(契約、不法行為、またはその他のいずれに基づくかにかかわらず)本契約または本契約により企図される取引のいずれかから生じる、またはこれに関連する、あらゆる訴訟、法的手続き、または反訴において、陪審審理を受ける全ての権利を取消し不能に放棄する。

ここで理解しておいた方がいいのは、「陪審審理を受ける権利」です。
これが理解できなければ、なぜこのような条文があるのかも理解しにくいでしょうし、適切な訳ができない場合もあります。
まず、陪審審理とは正確にはどのようなものなのでしょうか。

◆陪審審理

陪審審理とは、ご存知の方がほとんどだと思いますが、陪審 (jury) が事実問題の認定を行う裁判(正式事実審理 = trial)のことをいいます。事実認定のことを、finding of fact といいます。この辺りのことは前回の第19回で少しお話しましたね。陪審を置かずに裁判官が判決を出す裁判もありますから、陪審による正式事実審理をとくに、trial by jury というのです。

たとえば、田中さんと鈴木さんの間で交わされた契約について、鈴木さんが契約違反を犯したとして田中さんが鈴木さんを訴える裁判では、陪審は、提示された証拠に基づき合議によって、鈴木さんが契約違反を犯したのかどうかという事実を認定します。
裁判官は、陪審が評決を出す前に、陪審に対する説示 ( jury instruction) を行い、陪審がある事実を認定した場合にはどのような法律を適用してどのような評決 (verdict) を下すべきかを示します。

もしも陪審が、鈴木さんによる契約違反があったと認定するならば、原告(田中さん)の勝訴です。これを、for the plaintiff といいます。逆に鈴木さんの契約違反がなかった場合は、被告(鈴木さん)の勝訴です。これを、for the defendant といいます。
陪審はまた、賠償金の金額も決定します。

◆陪審審理を受ける権利


では、陪審審理を受ける権利とは何のことでしょうか。
そもそも、陪審制度は、13世紀頃のイングランドで始まったものです。

その後は、英国法の影響を受けている国だけではなく、ヨーロッパ大陸のフランスやドイツ、ロシアでも導入されました(現在、フランスなどでは『陪審』ではなく職業裁判官との合議による『参審』制度になっています)。

アメリカでは、刑事事件については合衆国憲法の第6修正 (Sixth Amendment) で、民事事件については第7修正 (Seventh Amendment) で、被告が陪審審理を受ける権利を定めています。trial by jury を古い言葉で trial per pais (=同輩による裁判)ともいい、権力によってではなく、自分と同じ国民の判断で裁かれる権利を保証する、という考え方なのです。

陪審 (jury) は、陪審員 (juror) から構成される、パネルのことをいいます。
The jury consists of 12 jurors.
のように、jury を団体として見る場合は、単数の動詞を取りますが、
The jury are divided in their verdict.
のように、陪審を構成する人たちを意識した場合は、複数の動詞も取ります。

◆米国での陪審制度


米国では、上記のように合衆国憲法によって刑事事件でも民事事件でも、被告が陪審審理を受ける権利を保証しています。
「陪審」には厳密に言うと、大陪審 (grand jury)小陪審 (petty jury または trial jury)、そしてコロナ陪審 (coroner’s jury) があり、一般に「陪審による裁判」というと、小陪審のことをいいます。

大陪審は、刑事事件において、その事件に起訴に相当すると判断できる充分な証拠があるかどうかを決定する役目のもので、「起訴陪審」といったりもするようです。アメリカでは合衆国憲法の第5修正 (Fifth Amendment) に、死刑を科しうる罪など重大な犯罪の起訴については、大陪審の判断を経なければならないことが定められています。

コロナ陪審は、検死官 (coroner) が、自然死でない死亡や受刑者の死亡について、陪審に死因を決定させるものです。それほど頻繁に発生するものではありません。

陪審の構成人数は、大陪審が連邦では16名以上23名まで、小陪審が基本的に12名、コロナ陪審は7名以上11名以下、とされていますが、小陪審の12名は、殺人などの重大な罪の事件の場合で、軽犯罪や民事の場合は少ない人数による陪審を認めていることが多いようです。またこの数字は、州によっても異なります。

◆英国の陪審制度


英国では、アメリカのように「陪審による裁判を受ける権利」を特に憲法で保障されてはいません。

陪審による裁判が行われるのは、刑事事件では、正式起訴状による刑事事件(indictable offence) として刑事法院(Crown Court)で裁判が行われるものだけです。indictable の発音は、c の発音 [k] の音を発しませんので注意しましょう。indictable offence かどうかを決定するのは、陪審審理付託決定手続き(committal proceedings)という手続きです。indictable offence でもなく、比較的軽い罪で治安判事裁判所(magistrates’ court)で裁判を行う略式起訴状による刑事事件 (summary offence) でもない、その中間を、選択的審理方法の犯罪(either-way offence)といい、この場合に限り被告(plaintiff)は陪審審理を受けるか、受けないかを選択することが認められています。

民事事件で陪審による審理を用いるのは、文書による名誉毀損(libel)の事件の時だけです。口頭による名誉毀損を slander といいます。どちらと特定しない一般に「名誉毀損」という意味では defamation という表現もあります。

余談ですが、この libel で有名なのは、1987年に始まった、ジェフリー・アーチャー氏の事件です。発端は、人気作家で保守党の大物議員だったジェフリー・アーチャー卿が売春婦と一夜を過ごしたとタブロイド紙がスクープ記事を出したことでした。アーチャー卿はこれを否定し、名誉毀損 (libel) だとしてタブロイド紙を訴えました。この裁判でアーチャー卿は勝訴し、50万ポンドの賠償金を手にするのですが、1999年になって、売春婦と過ごしたと報じられた夜にアーチャー卿と一緒にいたと証言した知人が、アーチャー氏から頼まれて偽証したと告白し、今度はアーチャー卿が偽証罪 (perjury) で起訴されたのです。結局、アーチャー卿は陪審裁判で有罪判決を受け、刑務所に4年間服役しました。

さて、最初の例文に戻って、なぜ「陪審審理を受ける権利」を放棄するという条文を作っておくのでしょうか。
まず、陪審審理はものすごく時間が、したがってお金がかかります。契約関係で訴訟に発展するほどの紛争ですから、内容はかなり専門的で高度になることが多く、これを一般市民である陪審員に充分理解してもらわなければなりません。証拠や証人をどう揃えてどう見せるかも大変ですし、難しいケースでは陪審が評決に到達するまでに何日もかかることがあります。また、米国のタバコ訴訟などに見られるように、陪審が巨額の賠償金を認める可能性もあります。さらに企業秘密を一般市民である陪審員にむやみに知られることも避けたいものです。
英国ではこういった様々な理由から、民事事件では上記の通り名誉毀損のときだけしか陪審は用いられなくなりました。しかし米国では、国民の陪審審理を受ける権利を憲法が保証しているので、契約違反などの紛争で、相手が「陪審審理を受けたい」と言い出す可能性もあります。そこでわざわざ、このような条文を設ける場合があるのです。

弁護士・検察

一般条項の「免責」条項に、次のような条文がよく登場しますね。
今までにも登場したお馴染みの条文ですから、訳は自分で作ってみましょう。

【例文】

Indemnification
Each party agrees to indemnify, defend and hold harmless the other and its affiliates, directors, officers, employees and agents, from and against any and all liabilities, claims, losses, damages, injuries or expenses (including reasonable attorney’s fees) arising out of or relating to this Agreement, a breach of our obligations hereunder, or the violation of any third party intellectual property rights.

ここに登場する attorney ですが、ここが counsel になっていたり lawyer になっていたりする条文もあります。どれも訳は「弁護士」なのですが、なぜこんな色々な呼び方があるのでしょうか。この中で、lawyer は「弁護士」という意味で用いられる、一般的にもっとも馴染みのある言葉ではないでしょうか。attorney、counsel は逆に、色々な使い方や、意味の違いがあります。

◆attorney

attorney はもともと、13世紀頃から英国のコモン・ロー裁判所での弁護士の呼び名だったのです。意味は、訴訟当事者の「代理人」ということです。その後次第に、barrister solicitor と呼ばれる法曹グループが現れ、1873年最高法院法によって、solicitor と統合され、英国での「弁護士」は、barrister と solicitor という2種類になりました。これは現在も続いているので、英国では「弁護士」という意味で、attorney を用いることは余りありません。

attorney にはまた、弁護士ではない「代理人」の意味もあるので注意が必要です。
これを区別するために、弁護士の方を attorney at law、代理人のほうを attorney in fact と言ったりもします。

“attorney” のつく役職はその他にもあります。

英国にも米国にも、Attorney General という役職があります。
英国のAttorney General (法務長官) は、法律問題に関する政府の最高顧問です。barrister の中から内閣が選び、国王が任命します。Minister と位置づけられており、閣僚ではないことになっています。ただし、閣議には出席します。
ちなみに、英国では閣議に出席する日本の閣僚に相当する大臣を、閣内大臣 (Secretary of State) といい、Minister of State は閣外大臣です。
Attorney General はまた、公訴局 (Crown Prosecution Service) 、重大不正監視局 (Serious Fraud Office)などの長として、国会で質問に答える義務があります。
Attorney General とその副官であるSolicitor General を、Law Officersと言います。

米国のAttorney General (司法長官) は、司法省 (Department of Justice) の長官で、閣僚です。各州にも同じく Attorney General が置かれます。
連邦司法省の仕事は、連邦法の執行や連邦政府に関連する法律問題についての助言です。FBI (連邦捜査局)も、この下に入ります。

さらに米国には、District Attorney という役職があります。D.A. と略されることもあります。映画や小説でもしばしば登場するので、「地方検事」という訳で覚えている方も多いでしょう。

連邦のD.A. の場合(United States Attorney または United States District Attorney)、裁判区 (judicial district) ごとに1名ずつ大統領が指名し、連邦の刑事事件で検察官の活動を統括する役職です。連邦全体で94の裁判区があることは、前回、米国の裁判所のところで述べたとおりです。

州では、州を代表してその州の州法に基づき訴追を行う検察として、裁判区ごとにdistrict attorney がいます。州によって、知事に指名されたり、選挙で選出されたりします。また州によっては同じ役職でも state attorney といったりもします。

◆counsel

では、counsel とは?
もともと「助言」という意味もあり、一般に「弁護士」という意味で、attorney や lawyer と同義で用いられます。

例:the client acted on advice of counsel = 弁護士の助言に従い行為する依頼人

ただし英国では、counsel は 法廷弁護士の barrister にだけ用いる言葉になります。事務弁護士の solicitor は counsel とは呼ばれません。

英国の counsel、すなわち barrister のうち、Queen’s Counsel (QC) という弁護士がいます。これは勅選弁護士といって、一定の経験と実績がある優秀な弁護士だけに与えられるものです。もともとは王/女王のための弁護士という役割でしたが、今はランク、「位」を表す称号になっています。女王ではなく王のときは King’s Counsel といい、カナダなど、コモンウェルス諸国の中でも同じ制度をとっているところがあります。

QC だけに認められる法服があるので、QC を Silk と呼ぶこともあります。
選出は、憲法事項省 (Department of Constitutional Affairs) で委員会を設置し、推薦者の中から毎年新しいQCが選ばれます。1996年からは solicitor の中からも選ばれるようになりました。

◆solicitor、barrister


英国では、原則的に法廷に立って依頼人を代表する弁護士を、barrister、そうでない弁護士を solicitor と区別しています。米国ではこのような区別はありません。

barrister は solicitor から事件の依頼を受けて、法廷での弁論を担当します。
なんだか barrister のほうが偉くてカッコよさげですが、その代わりに barrister は原則として依頼人から直接依頼を受けることはできませんし、solicitor のようにパートナーシップによるロー・ファームを設立することも認められていません。
ただし、この制度だと結局依頼人は1つの事件でとてもたくさんの弁護士を雇用せねばならず不便かつ費用がかさみますし、そんなことから一元化を求める声も多く、barrister と solicitor の厳密な区別が近年は一部緩和されています。solicitor は下部裁判所だけではなく、一定のテストを受ければ高等法院でも弁論ができるようになりましたし、barrister は労働者団体などからは直接依頼を受けることができるようです。

★上記までの話で「英国の」と書いてきましたが、毎度お話しするように、これは「イングランドとウェールズ」の話、と考えてください。たとえばスコットランドでは、barrister に相当する職を、advocate と言います。

さて、今回は主に陪審制度と、米国・英国の弁護士についてお話しました。
一つひとつをあまり詳しくお話しすると複雑になりすぎるので、なるべくカンタンに述べたつもりです。
「弁護士」という言葉一つをとっても色々な呼び名があり、役割が異なったりすることや、陪審のしくみやその意味を知っておくと、「よく分からないけど言葉だけ辞書を引いて訳しておこう」といったことが少なくなるでしょう。
この講座もいよいよ残すところあと2回となりました。
契約書についてはかなりお話してきましたので、次回は法律の条文について、お話します。
お楽しみに!
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Written by

記事を書いた人

江口佳実

神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

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