INTERPRETATION

第135回 平日休み

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

大学卒業後に入った会社は東京にある外資系でした。お休みは他の企業と同じく土日祝日です。有給休暇もあり、独身時代はあちこちを旅したものでした。そのとき見聞したことが、間接的ながらも今の仕事に役立っており、私の財産となっています。

その後紆余曲折を経て海外で働くことになったのですが、放送局という職場柄シフト勤務となり、休みは木・金曜日に変わりました。平日に銀行や郵便局で用を済ませ、買い物も空いたお店でできましたので、実にありがたかったです。

ところがしばらくして、あることに気付きました。私は美術館や博物館が開催するイベントが好きなのですが、その多くが土日祝日に行われるのです。参加したい講座があっても、仕事でなかなか出かけられませんでした。

今でこそ土日を休みながら放送通訳と英語講師の仕事をしていますが、世の中を見渡してみると、土日に働く方が本当に多いと感じます。公共交通機関や店舗、宅配便、美容院、スポーツクラブなど、世間が連休だお盆だと盛り上がる中、黙々と働いてくださる方がいるのです。そうした方々のおかげで私たちはサービスを受けられるのに、なぜ理不尽なクレーマーが世の中にはいるのだろうと、個人的には感じます。

土日に働く人たちは、どこかで平日休みをとっているのでしょう。けれども職種によっては二日連続で休めるとは限りません。オフの日が月曜と木曜という具合に、飛び飛びのケースもあります。ドイツ人は休暇の達人と言われますが、4週間ほどの夏休みをこう過ごすのだそうです。まず1週目はこれまでの仕事の疲れをとる週。2週目と3週目は旅行。そして4週目は仕事復帰に向けて体調を整えるのだと。

そう考えると、二日連続休みの場合、初日に疲れをとり、二日目は英気を養うことになるのでしょうね。これが飛び飛びの休みでは、じっくり体調を整えるのも難しいように思えます。さらに遠距離通勤や外回りで体力を消耗していたり、あるいは内勤ばかりで体がこわばっていたりという具合であれば、余計疲れも溜まりそうです。

現在私の勤務形態はフリーランスです。よって土日休みというのはあくまでも私の方針に過ぎません。平日に仕事が入るという保証はなく、慶弔休暇や有給休暇もありません。ボーナスなるものを頂いていたのは大卒後に勤めた会社だけで、以後は縁遠くなりました。交通費・住宅手当・食事手当・財形貯蓄などもなく、福利厚生はゼロです。なのになぜこれほど長くこの仕事を続けているかと言えば、ひとえに好きだからなのですね。会社による社会保障がなくても、この仕事は私の生きがいになっているのです。

だからこそ、日ごろから体調を整え、体力をつけておくことも自分の義務だと思っています。スポーツクラブで運動できるのも、不規則なシフト勤務をしてくださるスタッフのおかげですし、栄養を考えて食事を作るための食材を調達できるのも、スーパーが営業していてくれるからです。通訳業務の前日に不明点が見つかり、夜遅くにエージェントの携帯にかければ担当者が対応してくれます。そうしたたくさんの人々のおかげで社会は回っているのですよね。ありがたいことだと思います。

(2013年10月14日)

【今週の一冊】

「言える化 『ガリガリ君』の赤城乳業が躍進する秘密」遠藤功著、潮出版社、2013年

私が子どものころはカワイイ系のキャラクターが圧倒的に人気を独占していた。キティちゃんを始めとする「かわいい」タイプが流行していたのだ。最近は目がうつろなものやフシギな形のキャラクターが支持されるのだから、はやりというのはよくわからない。

ガリガリ君はそういう意味でも、私にとっては「なぜ人気?」という部類に入る。しかも描かれているのは食品パッケージ上である。見てくれから購入する私にとっては、まず買わないものであった。

ところが子どもたちに促されて食べてみたところ、この値段でこのおいしさ。うーん、自分の偏見は完敗だ。以来、我が家のおやつには時々お目見えするようになっている。

常に話題を提供するガリガリ君とはどんな会社から生まれるのだろう。その謎を解くのが今回ご紹介する「言える化」。遠藤功氏の本は、新幹線の清掃スタッフに関するものを以前読んだことがある。遠藤氏の着眼点は実に鋭く、日本が大切にしてきた「ものづくり」を丁寧に世に紹介している。本書も赤城乳業の社風や価値観が余すところなく綴られており、「働く」ことの意味を考えさせてくれる。

中でも印象的だったのが、井上秀樹社長の「自分のために働け」ということば。「あそび心」をもとに目の前の仕事を楽しむこと。それがひいては会社のためになるのだと遠藤氏は解説する。

私にとって通訳の仕事は、自分の知的好奇心を満たしてくれるものである。そういう意味では私も「あそび心」満載で楽しんでいるのかもしれない。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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