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治験翻訳入門- 医薬品開発と治験翻訳 -

 最近、翻訳業界で「治験翻訳」という分野が注目されています。「治験翻訳」とはどんなものを指すのでしょうか?治験翻訳者になるためには、どのように勉強したらいいのでしょうか?
 この講座では、新しく「治験翻訳」を始めたい方を対象に、次のような内容について解説いたします。

 1.医薬品開発と治験
 2.医薬品開発に必要な試験と作成する文書
   1)非臨床試験
   2)臨床試験
   3)新薬承認申請とCTD
 3.臨床試験の用語、文例
 4.翻訳のための調査、情報収集
 5.翻訳する上での留意事項

第10回 添付文書

 前回までに、新薬の開発と承認申請の過程で作成される文書をほぼ全般的に説明しましたが、最後に、開発と販売承認後をつなぐ重要な文書である添付文書についてお話します。添付文書(案)は開発の終盤に色々なデータが出揃った時点で作成され、承認後には、製薬会社と医師や患者との接点になる文書です。

1.添付文書はどこで見られるか

 薬局で薬を買うと、患者さん向けに薬の効能や使い方の説明書が箱に入っていますが、一般向け医薬品の場合は、それが添付文書です。医家向け医薬品の添付文書は、医師や薬剤師などが薬を処方・調剤する際の情報として、成分、効能・効果、用法・用量、使用上の注意 副作用などが書かれています。製薬会社は、最終的にはこれらの内容に対する承認を得るために努力を重ねているともいえます。
 翻訳業務としては海外の添付文書の和訳もあれば、国内の承認申請に使われた添付文書の英訳もあり、製造販売後も副作用情報や使用上の注意などの改訂の際にも翻訳が必要となります。
 個々の製品の添付文書は各製薬会社のHPの「製品情報」などのページに公開されています。患者さん向けと医療関係者向けの添付文書がありますが、翻訳はほとんどが医療関係者用ですので、医療関係者用のページを選択します。グローバル企業の場合には、海外の関連会社のHPで英文の添付文書が見られますので、日本語版、英語版を合わせて参照すると翻訳の参考になります。海外の関連会社のURLは大体「リンク集」にあります。ただし、添付文書の内容はそれぞれの国の規制当局の承認事項ですので、日本語・英語の内容・表現が一致しない場合もあります。
 添付文書の参考資料としては以下のものがあります。
-「医療用医薬品添付文書作成の手引き-改訂版2009」〈書籍〉; 日本製薬工業会
 http://www.jpma.or.jp/jpmashop/order/
-「医療用医薬品添付文書記載要領について」(日本の薬事行政第5章「医薬品の安全管
  理情報の提供と伝達」)
  http://www.jpma.or.jp/about/issue/gratis/pdf/11yakuji_ch05.pdf
-医薬品医療機器総合機構情報提供ページの添付文書データベース
 http://www.info.pmda.go.jp/psearch/html/menu_tenpu_base.html
-Japan Pharmaceutical Reference (JPR) (国内添付文書の英訳版) (日本製薬工業協会)
 http://www.e-search.ne.jp/~jpr/HTML/JPR002.HTM
(JPRは製薬協で用語や書き方のルールを決めているので、英訳の参考になりますが、もとは、輸出製品の情報として作られたため、収載は各社が英文情報の必要性を判断して取捨選択しており、国内全製品ではありません。書かれている訳語や表現が英語としてはしっくりしないものもありますが、業界として検討したものですので、一応標準です。)
 -「医療用医薬品集」「一般用医薬品集」(財団法人日本医薬情報センター編・刊)
  http://www.japic.or.jp/service/publications/iyakuhinsyuu_vol2.html
  国内の添付文書集。書籍版とCD-ROM版があり、後者はWeb検索できるものもあります。書籍版は年1回、CD-ROM版は年4回更新されます。
 -PDR (Physicians' Desk Reference®) http://www.pdr.net/Default.aspx
  米国の添付文書集。
 -BNF (British National Formulary) http://bnf.org/bnf/index.htm
  英国の添付文書集。
 海外のものは、薬について調べるだけでなく、添付文書英訳の際の参考にもなります。

2.添付文書の構成

 添付文書は短いながら、「治験薬概要書」や「CTD」(コモン・テクニカル・ドキュメント、本講座第9回参照)と同様に、基礎から臨床試験まで開発で」得られたデータ全般を取り込んでいます。しかし、前2者と異なり、開発順ではなく、臨床使用で注意すべき点、踏まえておくべき点を中心に書かれています。添付文書は公式文書ですので、定型化された構成、用語、表現が求められます。前記の医薬品医療機器総合機構のサイトでは作成ツールも掲載され、レイアウトも決まっています。翻訳の場合も用語や表現の定型を踏まえることが大切です。
 それでは添付文書の構成を見ていきましょう。実例として最近承認されたアルツハイマー型認知症治療剤イクセロン®パッチの1ページ目を示します。この薬はアルツハイマー型認知症治療剤では日本初の貼付剤です。

イクセロンパッチ.png

 添付文書は上記の例のように、まず、線で区切られた部分にその医薬品の登録情報が記載されます。中央に販売名(brand name)(例:イクセロン®パッチ~mg)が大きな文字で書かれ、その上に薬効分類(therapeutic category)(例:アルツハイマー型認知症治療剤)、規制区分(regulatory classification)(劇薬、処方せん医薬品など)、その下に一般的名称(generic name)(リバスチグミン)、剤形(form)(経皮吸収型製剤)が記載されます。また線の左上には添付文書の作成・改訂時期、右上には日本標準商品分類番号(Standard Commodity Classification No. of Japan)が記されます。さらに販売名の左上に貯法(storage)と有効期限(expiration date)、右に承認番号(approval No.)、薬価収載年月(listing in the NHI reimbursement price)、販売開始年月(date of initial marketing in Japan)、国際誕生年月(international birth date)が記載されます。
 線より下に添付文書の本文が記載されます。項目の順番は安全な臨床使用に不可欠な順に記載されるため、「警告」や「禁忌」から始まっています。
 以下に主な項目について説明し、一部の項目について英文の例文を示します。項目番号は本稿として便宜的につけたもので、実際の添付文書の項目番号ではありません。また、スペースの制約上、例文は特有の表現の例として当該項目の一部のみを引用しており、その項目の全文ではありませんので、意図するところが十分に伝わるとはいえません。内容に関しては以下のサイトから、当該添付文書の全文を参照して下さい。
(今回はNovartis PharmaのGlobal Office及びUSのサイトから引用しましたhttp://www.novartis.com/products/pharmaceuticals-therapeutic-area.shtml。(以下3行削除しました)これらの例文を訳してみてください。販売名、効能・効果の表現・範囲など日本と異なる場合がありますが、翻訳の段階では原文の記載に従ってください。

1)警告 (Warning):致死的又は極めて重篤かつ不可逆的な副作用が発現する場合、又は副作用の結果、極めて重大な事故につながる可能性があり、注意喚起を要する場合に記載。

(例文 1) Warning:
When pregnancy is detected, discontinue Tekturna as soon as possible. Drugs that act directly on the renin-angiotensin system can cause injury and death to the developing fetus.
 (訳例 1) 警告
妊娠が判明した場合はTekturnaの投与をできるだけ速やかに中止する。レニン・アンジオテンシン系に直接作用する薬物は胎児に傷害を及ぼす可能性があり、死にいたる場合もありうる。

2)禁忌 (Contraindications):症状(symptoms)、原疾患(disease)、合併症(complication)、既往歴(history)、家族歴(family history)、体質(disposition)、併用薬剤(co-administered drug)等からみて、投与すべきでない患者を記載。

(例文 2) Contraindications (FEMARA® is contraindicated in the following patients.)
1. Pregnant or possibly pregnant women [An animal experiment in rat has reported occurrence of fetal death and teratogenicity].
2. Lactating women [An animal experiment (rat) has shown excretion of letrozole in breast milk. Also, reproductivity was inferior in male pups from the dams treated with letrozole during lactation. ]
(訳例 2) 禁忌(FEMARA®は次の患者には投与しないこと)
1.妊娠中又は妊娠が疑われる女性[ラットによる動物実験で胎児死亡及び催奇形性が報  告された。
2. 授乳婦[ラットによる動物実験で、letrozoleの乳汁移行が認められた。また授乳中にletrozoleを投与された母獣の雄の仔では生殖能の低下が認められた。
注: FEMARAは販売名、letrozoleは有効成分の一般名

 <原則禁忌> (Relative contraindications) 本来禁忌とすべきだが、診断あるいは治療上当該医薬品を特に必要とする適応症があれば記載し、「慎重に投与する」よう記載。

3)組成・性状 (Description):以下を表などの形で記述
- 組成(Composition)::有効成分(active ingredient)の一般的名称(generic name)及びその分量。記載が義務付けられている添加物(inactive ingredients)。
- 性状(description)(識別に必要な色、味、臭い、形状、識別コード(identification code)等。

4)効能・効果 (Indications):承認を受けた効能又は効果を記載。

(例文 3)Indications
IRARIS® is used to treat adults and children aged 4 years and older that have a condition known as CAPS (Cryopyrin-Associated Periodic Syndromes). CAPS is a group or rare diseases that include:
- Familial Cold Atutoinflammatory Syndrome (FCAS)
- Muckle-Wells Syndrome (MWS)
(訳例 3) 効能・効果
IRARIS®は成人及び4歳以上の小児のCAPS(クリオピリン関連周期性症候群)として知られる症候に用いられる。CAPSは以下を含むまれな症候群である。
- 家族性寒冷自己炎症症候群(FCAS)
- Muckle-Wells症候群

 <効能・効果に関連する使用上の注意(Precaution with respect to indication>投与すべきでない患者等、重大な副作用又は事故防止のために特に重要な効能・効果に関連する使用上の注意があれば記載。

5)用法・用量 (Dosage and administration):承認を受けた用法・用量を記載。

  

(例文4) The usual recommended starting dose of Tekturna for hypertension is 150 mg once daily. In patients whose blood pressure is not adequately controlled, the daily dose may be increased to 300 mg. Doses above 300 mg did not give an increased blood pressure response but resulted in an increased rate of diarrhea. The antihypertensive effect of a given dose is substantially attained (85-90%) by 2 weeks
  (訳例 4) 高血圧症に対するTekturnaの推奨初回用量は通常150 mg1日1回である。血圧のコントロールが不十分な患者には1日用量を300 mgに増量してもよい。300 mgを上回る用量では血圧に対する効果は増大せず、下痢の発現率が増加する。投与した用量による降圧効果はおおむね(85-90%)2週までに得られる。

 <用法・用量に関連する使用上の注意(Precautions regarding dosage and administration>投与量、投与期間等、重大な副作用(significant adverse reaction)又は事故防止のために特に重要な用法・用量に関連する使用上の注意があれば、記載。

6) 使用上の注意(Precautions):全般的事項、注意すべき程度(慎重投与、重要な事項)、相互作用、副作用、特別な患者集団(高齢者、妊産婦、小児など)、臨床検査値、過量投与など、様々な観点から使用上の注意を記載する。
a) 全般:投与全般に関わる注意事項。

(例文5) General
The concomitant use of VOLTAREN with systemic NSAIDs including cyclooxygenase-2 selective inhibitors, should be avoided due to the absence of any evidence demonstrating synergistic benefits and the potential for additive undesirable effects.

(訳例 5) 全般
VOLTAREN をcyclooxygenase-2の選択的阻害薬を初めとするNSAIDs(非ステロイド抗炎症薬)の全身投与と併用しても、両者の協力作用による利益はなく、有害作用が相加的に増大する可能性があるため、避けること。


 

b) 慎重投与 (Careful administration):症状、原疾患、合併症、既往歴、家族歴、体質、併用薬剤等から考えられるリスク、すなわち、副作用の発現が早い/発現率が高い/より重篤/非可逆性、薬物の蓄積による副作用、耐性の変化などが予測されるため、投与の可否、用法・用量の決定等に特に注意が必要な場合、又は臨床検査の実施や細かい観察が必要とされる場合に慎重投与となる。
c) 重要な基本的注意 (Important precautions):重大な副作用又は事故を防止するために、用法・用量、効能・効果、投与期間、投与すべきでない患者の選択、検査実施等に関する重要な基本的注意を記載。
d) 相互作用 (Drug interaction):他の医薬品を併用することにより、当該医薬品又は併用薬の薬理作用の増強又は減弱、新しい副作用の出現又は原疾患の増悪等が生じ、臨床的注意を要する場合に記載。相互作用を生じる相手薬剤名、薬効群名、相互作用の内容を記載。
 併用禁忌(Contraindications for coadministration):併用しない。薬剤名記載。
 併用注意 (Precautions for coadministration):併用に注意。薬効群又は一般名記載。


(例文 6) Drug Interaction
In clinical trials, ILARIS has not been administered concomitantly with tumor necrosis factor (TNF) inhibitors. An increased incidence of serious infections has been associated with administration of another IL-1 blocker in combination with TNF inhibitors. Taking ILARIS with TNF inhibitors is not recommended because this may increase the risk of serious infections.
(訳例 6) 薬物相互作用
臨床試験においてILARISを腫瘍壊死因子(TNF)阻害薬と併用した経験はない。他のIL-1遮断薬とTNF阻害薬との併用と関連して重篤な感染症の発現率が上昇した。ILARISとTNF阻害薬との併用は重篤な感染症の危険性を増大させる可能性があるため、奨められない。


e) 副作用 (Adverse reactions):副作用発生状況の概要(調査症例数、情報源、調査時期、記載時期)を記載。「重大な副作用」と「その他の副作用」に分けて記載。


(例文7) Approximately 833 subjects have been treated with ILARIS in blinded and open-label clinical trials in CAPS and other diseases, and healthy volunteers. A total of 15 patients reported serious adverse reactions during the clinical program.
(訳例7) CAPSその他の疾患の患者における盲検及び非盲検の臨床試験及び健常人合わせて833名の被験者にILARISを投与した。臨床試験中、合計15名に重篤な副作用が報告された。


  

<重大な副作用 (Clinically significant adverse reactions)>
  特に注意を要する副作用を記載。発現機序(mechanism of onset)、発現までの期間、具体的防止策(measures)、処置方法(treatment)等が分かっていれば、記載。初期症状、又は臨床検査値異常等認められた時点での処置など。類薬の重大な副作用等。
  <その他の副作用(Other adverse reaction)>
 f) 高齢者への投与 (Use in the elderly):高齢者は腎機能、肝機能等が低下していることが多いため、副作用が発現しやすいので、投与にあたって必要な注意を記載。
g) 妊婦、産婦、授乳婦への投与 (Use during pregnancy, delivery or lactation):他の患者に比べて特に注意が必要な場合、適正使用に関する情報、注意を記載。動物実験、臨床使用経験、疫学調査で得られた情報に基づく注意を記載。


(例文8)Nursing Mothers
It is not known whether aliskiren is excreted in human breast milk. Aliskiren was secreted in the milk of lactating rats. Because of the potential for adverse effects on the nursing infant, a decision should be made whether to discontinue nursing or discontinue the drug, taking into account the importance of the drug to the mother.
(訳例 8) 授乳婦
Aliskirenがヒトで乳汁に移行するかどうかは不明である。Aliskirenはラットで乳汁に移行した。乳児に対する有害作用の可能性があるため、授乳を中止するか、本薬の投与を中止するか、母親に対する本薬の重要性を考慮した上で、決定すべきである。


h) 小児等への投与 (Pediatric use):解毒機能が未発達な乳児以下の者に関する情報、薬物代謝が成人と異なる場合の情報を記載。
i) 臨床検査結果に及ぼす影響 (Effects on laboratory tests):器質障害、機能障害に起因しない臨床検査値の変動が起こる場合に記載。
j) 過量投与 (Overdosage):自殺企画、誤用を含む過量投与時の中毒症状と処置法。
k) 適用上の注意 (Precaution concerning use):投与経路、剤形、注射速度、投与部位、調製方法、薬剤交付時等に関わる注意事項。
l) その他の注意 (Other precautions)
7) 薬物動態 (Pharmacokinetics):ヒトでの吸収・分布・代謝・排泄データを記載。これが
ない場合は動物実験データで補足。

8) 臨床成績 (Clinical Studies):適正な臨床試験結果について投与量、投与機関、症例数、
有効率等を承認を受けた用法・用量に従って記載。

9) 薬効薬理 (Pharmacology):効能・効果を裏付ける薬理作用及び作用機序を記載。

10)有効成分に関する理化学的知見 (Pharmacochemistry):一般名、化学名、分子式、化学
構造式等を記載

11)取扱い上の注意 (Precautions for handling)
12)承認条件 (Conditions for approval)
13)包装 (Packaging)
14)主要文献及び文献請求先 (References and request for references)
15)長期投与医薬品に関する情報 (Information on approval for long-term use)
16)製造業者又は輸入販売業者の氏名又は名称及び住所 (Name and address of the manufacturer or importer/distributor)


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プロフィール

横田晴子

横田晴子さん:Seiko Yokota
国際基督教大学を卒業後、株式会社医学書院にて内科雑誌の編集を担当。その後サンド薬品株式会社にて、医療機器開発、医薬品開発関連の翻訳を担当。合併によりノバルティスファーマ株式会社となってからも、医薬品開発関連の翻訳および翻訳外注管理を担当。2003年には同社にてメディカルライティング部署創設に参画。退職後は外部委員として社内治験審査委員会に参加し、また、フリーランス翻訳者として医薬品開発関連の翻訳に従事。