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コロナ時代の「遠隔(リモート)通訳」を考える

松下 佳世

拝啓!通訳・翻訳者の皆様へ

新型コロナウイルスの感染拡大とともに、日本にも押し寄せてきた「遠隔(リモート)通訳」の大波。多くの通訳者の方がいま、頭を悩ませているのが、この遠隔通訳とのつきあい方ではないでしょうか。

通訳サービスの利用者と物理的に離れた場所から通訳を行う、という意味での遠隔通訳自体は、これまでも行われてきました。たとえば、IRの電話通訳や、テレビ会議システムを使った社内会議の通訳なども遠隔通訳と言えます。近年では、医療や観光、行政などの分野でも、タブレットやアプリを用いた遠隔通訳が普及してきました。

しかし、今回のパンデミックがもたらした変化は、これまでの段階的な遠隔通訳技術の導入とは次元が違います。2020年3月以降、社会がテレワークに大きく舵を切ると同時に、対面での通訳機会は激減し、残った通訳案件の多くが、遠隔通訳に切り替わりました。なかでも遠隔同時通訳(RSI)については、Zoomなどの会議システムを使ったものから、専用のRSIプラットフォームによるものまで様々な形態が現れ、通訳者も待ったなしの対応を余儀なくされました。

欧米では2、3年前から広がり始めていたRSIですが、日本で活動する通訳者の中には、コロナ禍で生じた新たな需要に応えるために初めて試したという人も多かったのではないでしょうか。私自身、高感度のマイクやヘッドセットを購入し、複数のプラットフォームを体験し、RSIに強い海外エージェントに登録するなどして準備は進めていたものの、実際に案件を受けたのは感染拡大後でした。

いまでは定期的にRSI案件をこなすようになりましたが、当初は別の場所にいるパートナーとのコミュニケーションや交代の難しさ、事前リハーサルなどの追加業務、長時間の一人同時通訳、半日よりも短い通訳料の設定など、数々の困難に直面しました。もちろん、条件が合わずにお断りすることもありましたが、一方で、需要が落ち込んでいる現状では、たとえ条件が悪くとも案件を受注せざるを得ない通訳者も少なくないのではないかと思い至りました。

こうした過渡期の通訳業界における、RSIを中心とした遠隔通訳の現状を検証するため、現在大規模なアンケート調査を実施しています。結果は、9月に開催されるIATIS Regional Workshop(オンライン視聴可、要事前登録、参加無料)にて報告させていただきます。学会や業界団体を通じて呼びかけをさせていただいたので、すでに回答済みの方も多いと思いますが、この場を借りて、改めて協力のお願いをさせてください。回答は8月31日まで受け付けています。https://forms.gle/DRYRrQsXjuoTGX4j7

最後にもう一つ、お知らせがあります。コロナ禍で仕事が激減した通訳者たちが力を合わせて出版した『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』(イカロス出版)が発売中です。「失敗から学ぶ」という発想のもと、現場で出あってうまく訳せなかったものばかりを集めました。実際の体験談がベースになっており、エピソードの面白さから、通訳者、翻訳者の皆さんだけでなく、英語学習者にも好評をいただいています。時間のあるこの夏、ボキャブラリーを増やしたい方はぜひお手にとってみてください。https://www.ikaros.jp/sales/list.php?ID=4736

先の見えない状況が続きますが、皆さん体調にはくれぐれもお気をつけください。また現場でお会いできる日を楽しみにしています。

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記事を書いた人

松下 佳世

立教大学異文化コミュニケーション学部・研究科准教授。日本通訳翻訳学会理事。会議通訳者。主な著書にWhen News Travels East: Translation Practices by Japanese Newspapers (Leuven University Press, 2019)、『通訳になりたい!ゼロからめざせる10の道』(岩波書店、2016)など。

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