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理解する、理解させる

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

学生に通訳や翻訳を教えていると、メッセージの受信と発信という点が、どうしても焦点になってくる。

どうも語学を学ぶ人は、「外国語を使っている自分」に酔っている部分があって、「相手の言っていることを理解する」「相手に自分の言うことを理解してもらう」ことに注意を払わない傾向があるようだ。もちろん、こうひとくくりに語るのがいかに乱暴かは分かっているつもりだが、自戒を込めて、また最大公約数的な意味で語っているとご理解いただきたい。

英字新聞の記事を読ませて、それに対して感想を英語で書かせるにしても、単に「感想を書いてください」と言うだけではIt was sad.とかThis is great!だけでbecauseのない、「印象」の列挙になることは目に見えている。

「自分はどう思ったか」、また「それはなぜか」、出来ることなら「この記事からさらにどのような思考が生まれたか」あたりまで書いて欲しい。

学生に対しては、「読み手を『納得』させて、意見を変えさせる必要はありません。でも、なぜそういうことを書いたのかを、読み手が『理解』できなくてはいけません」と繰り返し訴えている。We agree to disagree.とでも言ったら良いのかな。ちょっとそれだけではない気もするけれど。

例えば自分の意見を読んだ人が「ああ、私は捕鯨に賛成(反対)だったけれど、それが間違っていたと納得した。意見を変えて、捕鯨に反対(賛成)したい」と言い出さなくても良い。でも、書き手が「なぜ捕鯨に賛成(反対)なのか」は、読み手にしっかり伝えていく必要がある、ということだ。

特に高校までの教育は「模範解答」があるので、「正解は一つだけ」という事態に学生たちは慣れすぎている。僕自身もいまだにそういう部分を払拭し切れていないのだが、実際にはそれは非常に特殊な事態なのだということを、しっかりわきまえておかないといけない。

大学での、特に文系の「学び」では、様々な見方をいろいろとぶつけ合って(暫定的な)「答え」に達する必要があるわけなのだが、その際に「相手の主張を理解し、自分の主張を理解させる」ことが不可欠となる。そのあたりの点を、何とか学生たちに上手く伝えたいものだなと思いつつ、日々研究室から教室へと向かうのだ。

偉そうなことを言ったが、この「納得する(させる)必要はない。理解する(させる)必要はある」ということをはじめて知ったのは、イギリスの大学院に留学したときのことだった。大学にはゲイ&レズビアン・ソサエティーというものがあって、啓蒙のためのビラを配っていた。

分かり易いマンガで描かれているものが多く、いろいろ考えさせられた。

例えばゲイの女の子が友人の女の子に、「私、ゲイなの」とカミングアウトすると、友人の女の子が、「えっ!とてもそんな風には見えないね」と応える。次のコマでは、モンスターと化したゲイの女の子が、「どう?これならゲイって納得できる?」と問いかけるのだ。

自分の性的指向をカミングアウトするだけで化け物扱いされるゲイの人々の抱える問題を、端的に象徴しているマンガで、それまでそういうことに全く無縁だった僕は、かなりの衝撃を受けた。

その後、身近な友人にもゲイが2人いたし(あれ、1人はバイだったんだろうか?)、イギリス時代の職場でも、ゲイの同僚から相方との痴話げんかの話を聞かされたりして、「そっかー。でもそりゃ、ダンナのほうも考えて欲しいよねえ」などと聞き役に回ったりしつつ、仕事をしていた。政府の閣僚がゲイであることをカミングアウトしたり、ロンドン大学のプールやジムが、一定時間ゲイ専用になることを知ったりして、何と言うのだろう「なるほど、そういうものなのか」と思った。

ゲイ的な指向に「納得」して、その道に進んだわけではないが、ゲイという生き方を「理解」は出来たと思う。もちろん、きちんと理解できているかどうかは、本当のところ良く分からないが。とにかく、例えとしてはちょっとずれているのかもしれないが、学生たちに身につけて欲しいのは、そういう「納得はしなくても(させられなくても)、相手の主張を理解する(理解させられる)」という考え方と、それを可能にするコミュニケーションの技能だ。

デイリー・ヨミウリで、木曜日だったかに日本のアニメやマンガを英語で紹介しているコーナーがあって、先日そこで「じりラブ」というマンガが紹介されていた。ゲイのカップルの日常を描いたブログが元だということで、早速そのブログを読み始めたのだが、とにかく面白い。そしてたまに(失礼)、非常に深い内容が書いてある。

筆者のうたぐわさんの画力と筆力には脱帽だ。非常にコミュニケーション力の高い方なのだなとお見受けした。そんな中で、2010年5月4日のエントリーは、実に考えさせられる。学生たちにも見せてみようかなあと思った。

http://ameblo.jp/qm080952/entry-10524788739.html

「納得」する必要はない。でも、「理解」する必要は大いにあるし、またすんなりと「理解」出来るのではないだろうか。それも、うたぐわさんの描き口があってこそのことで、こういう方は通訳や翻訳をやっても上手なのではないかなあと思う。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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