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今更ながら、スカイ・クロラ

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

森博嗣原作、押井守監督のアニメ映画「スカイ・クロラ」を見る。成長することなく、永遠に戦闘機パイロットとして戦い続ける「キルドレ」という子供たちを軸に、企業と企業が戦いを繰り広げる世界を描いた作品である……というまとめで合ってるのかな。とにかく一度観ただけでは、よく分からないのだ。

このところ、大学の新学期を控えて「一人FD」をしていたのだが、その一環として森氏の教育関係の本をあれこれ読んだ。それがらみで森氏のエッセイのようなものにも手を広げつつある。個人的にはかなり苦手なタイプだと思うのだが、気になって仕方がない方でもある。

独自の価値感を確立していらっしゃって、しかもそれ以外の価値感もクールに認められる。一言でいえば「大人」、かなあ。稚気が抜けないタイプの僕としては、ご本人は何気なくかかれたであろう一言が、ザクリと突き刺ささることもあるので、猛然と反論したくなる。

ただ、してみたところであっさり捌かれて、不完全燃焼感だけが残る事態になるのが落ち、という確かな予感がある。ちょうど、作中で「ティーチャー」に挑むキルドレのようなものだ。

で、森氏の本業(とはご本人はおっしゃらないのかもしれないが)である、一連のミステリー作品は全く読まない状態で見た、「スカイ・クロラ」である。

レンタルDVD屋さんで手に取った理由はただ一つ、「飛行機が出てくる」だけだった。

見てみて良かったなあと思った点もただ一つ、「飛行機が出てきた」だけだった。

何しろ原作すら読んでいないのだから、原作の責任か監督の責任か脚本家の責任かは分からない。

でも、様々な、一つ一つは魅力的な要素を、消化し切れていないような印象だった。

「キルドレ」という概念と言うか、存在も面白いと思う。企業対企業の戦争という概念も面白い。斬新だと思って、良く考えてみると今までの戦争もそのような側面が色濃くあったことに気づいてdouble takeするというのも心地よい衝撃だった。

CGもすごい。滑らかで質感もあり、まるで実写のようだ。空中戦のシーンも迫力がある。

恐らくは旧日本海軍の局地戦闘機「震電」がモデルであろう推進式のプロペラ戦闘機も面白かったし、ドイツの夜間戦闘機にあったような、双発の戦闘機も出てきた。第二次世界大戦のプロペラ戦闘機の時代が、ジェット機が登場することなく1960年代まで続いたらこうだったろうな、と思わせる設定だ。主人公たちの基地のモデルは、バトル・オブ・ブリテン時代のイギリスの戦闘機基地だろう。もちろんレーダーやら対空砲やらが増設されているが。

しかし、それが全体として重厚な世界観を作り上げているかと言うと、その逆に作用してしまっている。個々の要素が妙にリアリティーがある分、組み合わせのチグハグさが目立ち、全体として芝居の書割と言うか、ハリボテのような印象だ。登場人物たちの台詞も妙に思わせぶりなだけになってしまっている。それに、声優が下手すぎると思った。アイドルか何かを起用したのだろうか。棒読みにもほどがある。

見終わった後は、何だか分からないモヤモヤ感しか沸いてこなかった。もちろん僕の見方が浅いとか見当はずれと言うこともあるのだろうが、もうちょっと分かりやすくても良かったような気がする。ハリウッド映画レベルまでは求めないにしても。

でも、そういうことを言うと、森さんには「……分かっていただける人に分かっていただければ、十分です」なーんて、静かに一刀両断にされそうだなあ。

でも、最後のシーンは、あれは怖いぞ。考えてみたら、我々の日常も、あんなものかもしれない。自分自身の「スペア」はいくらでも居るのだ。

以前読んだ別の小説で、クローン人間が出てくるものがあった。エスパーでもあるその人物は、敵との戦いに敗れて死ぬのだが、その時にこう言われるのだ。「オリジナルは、もっと優秀だった」と。

クローン人間の人生だって、本人にとっては「オリジナル」なはずだ。

そもそもそういう「実感」って何だろう。脳の中の、特定のシナプスのつながりとか、化学的状態なのだろうか。その集合体が「記憶」やら「人生」やらということになれば、それをコピーすることも可能なはずだ。そうなると、デジタルコピーと同じで、どれがオリジナルでどれがコピーかは、それほど重要な要素ではなくなるのではないだろうか。

人は、自分が「かけがえのない存在」だと思っているし、思いたいものだけれども、その根底が崩されたら一体自分はどう感じるのか。そんなことまで考えてしまった。

深読みのし過ぎなのかな。単純に「あっ、ひこーきだー、ひこーきだー。わーいわーい」と思っていれば良かったのかもしれないが。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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