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お引越し 越すに越されぬ 大荷物

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

KG大学に専任講師として着任してから、あっという間に半月が過ぎました。非常勤講師時代には無縁だったアドミの仕事と格闘しつつ、私がコーディネーターを務める通訳翻訳課程に入る学生さんの選抜を行ない、さらに後先考えずに入れてしまったNHKでの放送通訳の早朝シフトに入り、これは突発的に決まってしまったインタビューとヒアリングマラソンの収録をこなし……。何だか「わんこそば」を食べているようで、自分なりには一生懸命なのですが、仕事をやってもやってもメールボックスを開けるたびに「うぎゃー!」と悲鳴をあげるはめになっていました。

そんなこんなで授業も始まり、学生さんたちとの顔合わせも済みました。なかなか見所のある学生さんが集まっています。少なくとも自分が大学の侵入生……あまりに言いえて妙な誤変換ですが、新入生だったころと比べて、英語の力はずっとあるように思います。

ただ、全体的に英語以外への関心が薄いかな、と。通訳翻訳課程の学生さんではないのですが、2年生のかなりレベルの高いクラスで「最近自分が興味を持ったニュースとその理由」を英語で語ってもらったのですが、「ニュースは見ないし、新聞は読まない」という学生さんがちらほらいたのが印象的でした。話を聞いてみると、本も「買うものではなく、借りるもの」という認識のようです。

まあ、少なくとも通翻課程の学生さんには、「本を買う」という習慣を身に付けてもらわないと。身銭を切っていろんなことを学ばないと、もったいないと思うんですよね。目先の損得を追うことで、どれだけの究極的な「得」があるのかを、よーく考えてもらわないと。

例えば私は高校2年生に進級して以来、物理を習っていないんです。教科書すらもらっていません。当時は「苦手な物理をやらなくて済む。ラッキー!」ぐらいに考えていたのですが、今にしてみると、「自発的には学ぶわけないんだから、物理を学ぶ唯一のチャンスだったなあ」と思うのです。ニュートンなどの雑誌を読んでいても内容を理解するのに苦労することが多くて、何だか人生の楽しみを数パーセント損しているような気がします。

これは一つの例ですけれど、要は一冊たかだか千円とか千五百円とかの本代を浮かして「得」をしたとして、それを何に使うかということです。携帯代やら飲食費やら服飾費に消えるとしたら、あまりにもったいない。それは長い目で見た「得」でしょうか。

授業で言ったことなのですが、仮に「通訳力」という抽象的な力があるとして、私は

通訳力=英語力+日本語力(高度な日本語の運用力)+知識量

という(これまた抽象的ではありますが)関係が成り立つのではと思っています。

それぞれ「最低限これだけはないと、通訳者として稼動できない」という下限はありますが、どの力を強みにするかは通訳者によって異なってくると思います。私の場合、「どうでも良いことばかり知っていて、肝心なことは知らない」という弱点はあるものの、知識量で勝負するタイプなのは間違いありません。

学生さんたちを見ると、せっかく英語が出来るのに、それを使って何かを受信し、発信するという視点がちょっと弱いような気がします。逆を言えば、日本語の運用力と知識量を強化していくことで、自分の英語という「道具」をどの分野で使うのかという意識が活性化してくるのではないかと思うのです。それはさらなる英語学習への意欲へと直結しますから、良い事尽くめなのではないでしょうか。

知識の入り口としては、手段は選びません。学習マンガだって良いのです。研究室の一角に、私の手持ちの本の中から学生さんに読んで欲しい本を並べた「ミニ文庫」を作ろうと思っているのですが、実は、学習マンガやら偉人の伝記やらもシリーズごと「大人買い」して並べてやろうと画策しています。

入り口はどこからでも構わないんです。まずは玄関をくぐってしまう。あとは大学には知識の専門家ばかり集まっているのですから、適当な本を推薦してもらえば良い。それに学習マンガの内容というのは、意外と侮れなくて、私の宇宙関連の知識の土台は30年以上前に読んだ学研の「宇宙のひみつ」ですからねえ(もちろん、その土台の上に「建て増し」してはいますが、いろいろなことを理解する基礎を作るうえで非常に有効だったということです)。

さて、拙宅にある私の四畳半(実際には妻の本棚などもあるので、三畳半ぐらい)の書斎「いぬ庵」は、ここ半年のすったもんだの結果量産された書類の山と、専任講師着任を睨んで「これもいるかも、あれもいるかも」と買い込んだ本の山などが程よくブレンドされ、妻の血圧を上げることに寄与するところ大だったのですが、ついにその状態に終止符を打つときが来ました。大学研究室への本の大移動です。

土曜日に本を車に積み込み、「猫の手」である子供たちと「人間カーナビ」である妻とともに大学に向かうことにしました。実に忙しい一週間だったため、朝も7時過ぎまでグーグー寝てしまい、スローペースでスタートしたのですが、後から振り返るとこれがすでに失敗でした。

「30分ぐらいで終わるだろう」と思っていた積み込みが、息子の手も借りて1時間以上かけてもまだ終わりません。腹が立つほど良い天気で、汗がダラダラたれる中、自宅と駐車場の間を何往復もしました。しかも、荷物スペースが一杯になったというのに、ハードカバーの本やら大型の辞書、論文集などを積み込むので精一杯。まだ新書と文庫が玄関の靴箱の上に、万里の長城状態になっています。

まだ本棚から出してもいない文庫と新書をみて、白旗を揚げることに決めました。ヘトヘトになって出発。およそ1時間半ほどで大学について積み下ろしにまた30分ほどかかりました。私が総務部から借りた台車で本を運ぶ間、子供たちは本を床に積み上げ(キャスターつきの回転椅子でクルクル回って遊んだりもしていたようですが)、妻は研究室に必要と思われるものをリストアップしてくれています。

たくさんあると思った本ですが、研究室の床に敷いた新聞紙の上に積み上げてみるとそれほどでもなく、ああ、やっと自分の持っている本を一覧できる環境が手に入るなと嬉しくなりました。勢い込んで買ったものの、日々の生活に押し流されて読まずにいた「塩漬け文庫」も大量に見つかり、「よーし、読みまくるぞ」と気合がはいります。

その後学食で昼食をとって、校庭で息子と模型飛行機を飛ばして帰宅。良い週末でした……と、終わればよかったのですが、帰ってみると玄関に鎮座した本が無言で出迎

えてくれます。机の上は、相変わらずノートPCを置くスペース以外、書類で埋まっています。しかも、本棚に並べて置けない本を、スチール机の引き出しに大量にしまっていたこと、さらにそこにも入りきれなかった本が、押入れの収納ケースに突っ込んであったことを思い出しました。頭の中にジョーズのテーマが流れます。

本棚の開いたスペースに、あちこちから本を出して突っ込んだところ、ほぼ元通りに本で埋め尽くされてしまいました。しかも押入れにはまだ本が……。これは近々、2回目の本のお引越しをしなければならないようです。偉そうなことを言ってみても、買い込んだ本を全然消化吸収できていなかったことにも気づきました。

ま、何にしても現状からスタートを切るしかないですね。スマートに行きたいと思いつつも盛大にずっこけるというのも、私のいつものパターンです。身の程をわきまえつつ、泥臭くやって行こうと思います。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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