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舞台と観客席の境界が消えるとき

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

昼顔さんの国連本部の禁煙の話、非常に興味深く読みました。まさかあんな状態とは。まあ、言われたことに唯々諾々と従っていては、外交官はやっていられないのかもしれませんが、最後の一言に思わず膝を打ってしまいました。そうですよねえ。

さて、マナーと言えば、10日火曜日にイギリスのInspector Callsという演劇作品を、舞台を日本にして書きなおした「夜の来訪者」という演劇を見に行ったのですが、私の隣に座っていた2人組がひどかった。開演直前に駆け込んだかと思うと、上演中も気が向くとおしゃべり。居間でテレビのバラエティー番組に突っ込みを入れている感覚のようです。たまりかねて静かに見るようにお願いしたところ、幸い外交特権を振りかざされることもなく、おとなしくなってくれたので助かりました。(みなみさんが以前書かれていたことも頭をよぎって、どうしようかなあ、と大分迷ったのですが)

余談ですが、今、Mark Salzman氏のIron & Silkという本を読んでいるのですが、その中でSalzman氏がチェロを中国人の前で弾いた時のエピソードが面白かったです。演奏が始まるとおしゃべりが始まり、聞いていないのかと思って演奏をやめると「どうしてやめるの?もっと弾いて」と言われます。どうやら音楽というのはBGMであるという感覚のようです。そのほか、子供の頃を思い出すような儒教的背景の話あり、心と心のふれあいにホロリとする一節もあり、中国(と言っても80年代前半の話ですが)の抱える問題について考えさせられるシーンもあり、とてもお勧めの本です。

閑話休題。

この「夜の来訪者」という舞台は有力者で実業家の男性の家が舞台です。実業家の娘の婚約の宴が終わったところに、ある警官が尋ねてきて、ある女性が自殺したと告げます。そして、その捜査のために訪問したのだと。

誰もが痛くもない腹をさぐられるようなものだと取り合おうともしないのですが、警官は実業家の男性、実業家の娘、その婚約者、実業家の妻、そして間接的に実業家の息子をも次々と問い詰め、自分たちのエゴや世間体などがいかに女性を苦しめ、追い詰めて行ったかを暴いていくのです。最後の落ちも印象的なのですが、何にしても、それぞれの役者さんが実にはまり役でした。中でも警官役の段田安則さんの存在感は圧倒的でした。

それにしても、どうも笑いどころではない所で笑う観客がいたことが気になりました。いえ、別にマナー違反でも何でもないのですが、どうも私とは劇のとらえ方が違ったようです。

この芝居は上流階級(今風に言えば「勝ち組」)の家庭が舞台ですが、描いているのはもっと普遍的なことで、人間というものに巣食う醜いものをInspectorがえぐり出してみせるというのが重要な柱だと思います。

ところが、どうも多くの人が喜劇だと思って見ていたようなのです。別段そういう演出だったというわけでもないのですし、私個人としては段田さん演じる橋詰という警官の言葉がいちいち身につまされて、笑うどころではなかったのですが……。

<spoiler!!  この先、劇の内容についての記述があります>

劇の最後の場面で、ソファーに腰掛け、あくまで自己正当化と自分の体面を保つことに血道をあげ、自分の罪を認めることを拒否した父親・母親・婚約者の3人は、人間の醜いものの象徴だと思いました。

その一方、勧められても腰掛けようとせず、自分たちの罪を悔いながら座っている3人を非難し続けた姉弟の2人は、人間の心の、弱くはあるものの善良な部分の象徴だと思います。

観客は3人の愚かさを笑っていたわけですが、あの3人同様、自分たちも観客席に「座って」いたことに気づいていたでしょうか。自分たちもあの3人と同じ部分を持っていて、そこをInspectorに2時間に渡って指摘され続けていたということに気づいていたでしょうか。

あくまで体裁を繕うことのみに腐心し、自己正当化、自己欺瞞に安住していたあの3人よりは、たとえ弱くとも自分の犯した罪と正面から向き合ったあの姉弟のようでありたい。奇麗事なのは分かっていますが、それでもやはり、そう強く思います。

まあ、私の感じた違和感はそれとは別の次元の話であって、一つの演劇にもいろいろな受けとり方があるということなのでしょう。別に自分の見方が「正解」なわけでも、日本の観客が悪いわけでも「分かっていない」わけでもないのだと思います。

それにしても、英語劇は英語でとはいうものの、留学中とBBC時代の2回英語で見た舞台なのですが、日本語で見て初めて深いところまで理解出来たような気がします。当たり前の話なのですが、日本語で見ようが英語で見ようが、相手のメッセージをどこまで受け取れているかが勝負という気がしますね。通訳・翻訳もしかり。

何を見聞きしても通訳や翻訳に結び付けてしまうのも、これまた奇妙な「ものの見方」ですよねえ。もう少し整理して書きたいのですが、残念ながら時間切れ。乱文のままで失礼致します。

……などと書いて金曜の夜に一家そろって夜行フェリーで大島旅行に出発するはずだったのですが、ご存知の通りの悪天候で、フェリーが欠航。大泣きしていた息子も娘も、しばらくするとすっかり気分を切り替えて、その晩は「キャンプだー!」とばかりに、狭い居間に布団を敷き詰めて、一家4人で雑魚寝しました。

土曜日は「船に乗れなかったから、船の博物館に行こう!」とお台場にある船の科学館に。宗谷を間近に見たり、以前(数十年前ですが)来たときにはなかった青函連絡船の中に入ったりと充実した時を過ごしました。元船員さんと思しきおじいさんがウォーキングツアーをやってくれましたが、これも面白かった。メモからいくつか箇条書きします。

・江戸大火の後に人口急増。米不足。馬では運びきれず、千石船が導入される。馬1250頭分の輸送力
・全速航行中の豪華客船は、停止しようとしてから実際に停止するまで、その船の全長の12倍から16倍かかる。タイタニック号が氷山を数百メートル先に発見した時には、もう手遅れだった。なぜもっと見張りをちゃんとやっていなかったのか、謎。
・客船の目的とは、まず移民の輸送、そして郵便物の輸送。旅行客の輸送は、そのさらに次。

・(青函連絡船、羊蹄丸の最後の航海日誌から。英文で記入してあった)
Rounds made, all is well. (本当はallとisは短縮形なのですが、その表示だとなぜかエラーになるようなのでそう書いていません)

The old soldier will never speak anything, but the only thing he can do is just fadeing away.

・羊蹄丸のブリッジの音声解

説で実際の運行時のブリッジの音声を録音したものが流れていました。聞いていると、飛行機と同じく、運行の際には英語が使われていたようです。

帰ってみると、ホロコースト教育資料センターから、注文していた「ハンナのかばん」スタディーガイドが届いていました。何とNHKで放映されたカナダCBCが制作した「ハンナのかばん」のドキュメンタリーのDVDもご厚意で入れて下さっていました。日曜日に見てみましたが、あらためて何とか授業に導入したいものだと思います。

大学の方も、今週は教員の研修合宿があり、来週は選抜テストの監督、再来週はもう辞令交付と入学式です。大きな流れの中に突入しつつあるのですが、授業に盛り込みたいものが多すぎて、いまだにシラバスが完成していないのが目下最大の悩みです。

そうそう、合宿場所までの新幹線の切符を送るという連絡が学科の事務局からあった翌日に、総務部から契約書を送るという連絡を受けました。約半年間待ち望んでいた書類と、ついにご対面できそうです。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

END