BLOG&NEWS

自分の実力を認める

かの

通訳・翻訳者リレーブログ

 今年は200冊ぐらい読みたいと思いつつも遅々として進まず。それでも73冊目を読み終えた。もっとも私の読書法は熟読ではなく、必要な情報のみをスキャンするもの。よってツマミ読みも含めれば何とか目標に達するかなと自分を励ましているところだ。
 最近読んだ中で印象に残ったのが以下の3冊。
 まず一冊目は大崎善生著「優しい子よ」(講談社、2006年)。
 これは涙なしに読めない。大崎氏の妻は女流棋士の高橋和さん。幼いころ交通事故に遭遇。後遺症と闘いながら将棋と出会い、昇段してきた。その彼女のもとへ余命いくばくもない男の子が病床からファンレターを送り、手紙の交流が始まる。この本は、そのやりとりを通じて夫妻が考えたことなどが述べられている。
 手紙が行きかう中、彼女は引退を考え始めていた。大崎氏はこのように記している。
 「自分と女流トップとの間には、埋めることができない、溝が横たわっている。しかも、これから努力してそれを埋めようというモチベーションもほとんどなくなってしまっている。」(25ページ)
 「どの世界にも上には上がいて、自分に疑問を持った人間はそこでもう脱落の印を押されてしまいます。」(51ページ)
 この文章を目にして、通訳者にも当てはまると思った。通訳は将棋のような勝負の世界ではないが、努力し続けない限り、向上はありえない。しかし、いくら努力しても自分の理想と現実のギャップを目の当たりにする日は必ず来るのではないかと思う。私自身、これから通訳者としてどうありたいのか、何をめざすのかを最近考えているので、この文章は心に重く響いた。 
 しかし池内了著「科学の考え方・学び方」(岩波ジュニア新書、1996年)を読んで、少し気持ちが軽くなった。池内氏は天体物理学者。その氏でさえ「私の仕事で後世に残るものは何もないでしょう。それは空しいようですが、科学という仕事の宿命なのです。」(24ページ)と表している。物理学の研究でさえ、そのような空虚さを伴うのであるから、通訳者の私が言葉のはかなさを思っても不思議ではないのだと気づかされた。心がだいぶ軽くなった。
 自分のめざす出口の光が少し見えてきたかなと思う中、麻生太郎著「とてつもない日本」(新潮新書、2007年)を手にした。こちらは麻生氏らしい、ややべらんめえ調の文章だが、それゆえに元気が出る。たとえば「すべての人に創意工夫を求めて、『自己実現』を要求するのは、間違っているのではないか」(45ページ)。そうなのだ、別に国民全員が「自己実現」「自分探し」をする必要はないわけで、自分の今の立ち位置を素直に認められれば、そして受け入れられれば、それで幸せなのだろう。
 もちろん、意図的に後退することはないけれど、今置かれた自分の状況は、何千何万という選択肢を「自分で」選びぬいた結果、存在するものだ。だったらそれを直視すればいい。それが自分の実力を素直に認めることにつながると私は思っている。

Written by

記事を書いた人

かの

幼少期を海外で過ごす。大学時代から通訳学校へ通い始め、海外留学を経て、フリーランス通訳デビュー。現在は放送通訳をメインに会議通訳・翻訳者として幅広い分野で活躍中。片付け大好きな2児の母。

END