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熱望のエネルギー

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

会社員を辞めて通訳者を志した時、「ドイツ語なんて絶対に仕事がないから、今のうちにやめて新しい仕事を探しなさい。」という先輩と、「仕事は決して多いとはいえないが、ゼロになることは絶対にないから諦めずに頑張りなさい。」という先輩がいた。対極的な意見だが、お二人とも真実を教えてくれたのだと思う。「絶対に仕事がない」とは言えないが、確かにドイツ語通訳者のためのOJTの機会はほとんどないし、ドイツ語のスキルを買われて外資系企業に就職しても、実際に社内で使う言語は英語ばかり、との話もよく聞く。前者の先輩の言葉は、この業界の厳しさを知った上で「生半可なあこがれで程度は、とても生きていけませんよ」という配慮溢れる助言である。後者の先輩の意見も非常に前向きに聞こえるが、「ここでいう“諦めずに頑張る”程度とは、実は相当なものなのですよ」という、とても厳しいものだ。どちらの助言に耳を傾けるかは自分次第である。実際、この仕事を始めてから「これで終わり」というレベルがないことに青息吐息の毎日である。この道何十年という大先輩も「なにもしないというのは現状維持ではなく、実際にはレベルが下がっているのです。だからレベルアップするには、常に勉強、努力が必要なのです。」とおっしゃるほどだ。
よく、「今の仕事が自分に向いていないから通訳者になりたい。」とか、「会社勤めは何かと環境的なストレスが多いからフリーランスで仕事をしたい。」との声を聞くが、通訳者になったからといって常に自分の得意とする分野で好きな人々に囲まれて仕事ができるわけではない。特に他言語の通訳者ともなれば、今日はオペラ、明日は医療、来週は自動車…というように、次から次へと異なる分野に挑戦しなければならないし、そもそも、最初から向いている職業なんて世の中にあるのだろうか。また、本当に自分のやりたいことなど、そう簡単にみつかるものでもない。幸運にも天職と呼べる仕事にめぐり合い、その道で生きている人たちは、おそらく、つらい仕事や一見いやな仕事を過去にしていたとしても、今の仕事から何を学べるか、またどうしたらどこで自分を生かせるかを常に模索してきたのだと思う。そして、自己観察を怠らずに自分の能力と謙虚に向き合い、必要のないものをそぎ落としフォーカスしていった結果、現在の職業に従事しているのではないか…。
そのエネルギーの源は一体どこにあるのか?

ここで漫画の話を出すと、真面目な読者の皆さまに怒られてしまうかもしれないが、水木しげる氏の短編に『血太郎奇談』という話がある。主人公の血太郎は、将来ドラキュラになることを夢見ている少年だ。寝ても覚めてもドラキュラの本を手放さず、学校では気味の悪い作文を書く息子を心配した両親が担任の先生に相談するくだりに、
父親:「吸血鬼を希望しておるのでございますか」
先生:「希望なんてもんじゃございません。熱望というやつでしょうな…」
という会話がある。氏のコマ割りとセリフのいれ方のリズムが絶妙なこともあり、初めて読んだ瞬間に大笑いしたが、同時に「なるほど!」と開眼してしまった。要するに、“希望”程度では“努力”という行動を起こさせるエネルギーが足りないのである。熱望・切望してやっと手に入れた夢の職業なら、どんなにつらくても諦めずに頑張れるし、苦しくてもつらいとは思わないだろう。
ちなみに血太郎君はめでたく吸血鬼となり、ドラキュラ伯爵に
「おお、わがむすこよ」と抱かれる所でこの話は終わっている。
彼の熱望も成就したわけだ。

今年もあと三日。皆さんは新しい年に何を“熱望”しますか?

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記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

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