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何語で話す?

トナカイ

通訳・翻訳者リレーブログ

今週のニュースで、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議で行われた菅直人首相と中国の温家宝首相の会談に中国語通訳が同行せず、英語の通訳を交えて行われたことが問題視されているという話が興味をひきました。このことについて直接コメントする気はないのですが、一つわかるのは、言語とはかくも政治的なものであることよ・・・ということではないかと思います。

実際、ヨーロッパには言語=ナショナル・アイデンティティの一部であることを強く打ち出している国は多数あり、フィンランドもその一つです。他のヨーロッパの先進国でも状況は同じだと思いますが、移民が増加した社会の統合という意味でその国の公用語が重要な意味を持っているといえます。また、フィンランドのように長らく他国に支配されてきた歴史上の経緯を持つ国もあると思います。中には、国家の成立からわずかな年月しか経っていない国もあり、母国語の概念が今まさに形成されている最中・・・そんな話を聞くと、言語はまさに生き物であるという思いを新たにします。

筆者はフィンランドに移住する少し前からフィンランド語の勉強を始めましたが、定住後も、大学などのコースの他に、短期間ですが労働政策/移民統合政策の一環として行政が主催する移民向け講座に参加しました。そこで叩き込まれたことは、フィンランド語そのものはもちろんのこと「フィンランド語ができなければ、フィンランドでは生活に支障をきたすし、仕事にも就けない」ということでした。おそらく、こういう講座は他の欧州の国にもあるはずで、ある国ではこの種の行政主催の講座が外国人全員に強制されているとか、別の国では駐在員として滞在する外国人にも公用語のテストを課し、パスできなければ入国させないケースがあると他のEU在住の邦人の方から聞きました。

"Puhu minulle suomea -Talk to me Finnish"

また、両親の母語が違うという家庭の場合、フィンランドでは子供には各親が自分の母語で話すよう、まだ出産していないうちから保健士さんの指導を受けます。ですから当家でも、夫婦間ではフィンランド語、親子間では日本語(母子)とフィンランド語(父子)で話しています(もっとも、最近当家では『日本語ブーム』で、父親もひらがなや簡単な漢字くらいはできるようになり、子供たちの格好の勉強仲間になっているようですが・・・この中で一番日本語ができるのは小3の娘)。

というわけで、フィンランドで定住者として暮らしているとフィンランド語に関して上のような『お達し』を賜るのですが、話はこれだけでは終わりません。一定のフィンランド語、らしきものができるようになり、フィンランド社会への統合、らしきものが成立しはじめると遭遇する次のハードルは「外国人なんだから英語くらいできるでしょ?」という問いです。
それまでさんざんフィンランド語フィンランド語と言われてきたのに何だか理不尽な気もするのですが、フィンランド語の話者が550万人しかいないことをよく知っているフィンランド人は、国語に対する誇りとは別の部分で英語+α言語をよく身につけていて、世界に自分たちをアピールするために頑張っている。通訳に行っても、英語とフィンランド語のどちらで話したらいいかと尋ねられることは非常に多くありますし、英語が共通語となっているグローバル企業もあります。そこで大事なのはむしろ経歴であって、フィンランド企業だからといって必ずしもフィンランド語ができる必要はない場合もあるようです。

かくいう筆者自身も、仕事では紙レベルでも口頭レベルでも、それなりの量の英語を扱っています。扱っているというだけで大して自慢できるようなことはないし、むしろ勉強してもし足りないという状況なのですが、一つだけ注意を促させていただくなら、フィンランド関連の英文を和訳するときのフィンランド人の人名表記です。フィンランド語を知っていれば簡単ですが、そうでなければ目も当てられないような恥ずかしい間違いとなり、他の部分がどんなにすばらしい翻訳でもすべてを台無しにしてしまいます(そう断言するのは、ネット上などでそのような現象を実際に目の当たりにしているからです)。
日本で外国語学部の学生だった遠い昔、先生に「人名を理解しているかどうかで語学力は計れる」と言われましたが、まさにその通りだと思います。

一方で、最近、ヘルシンキでは日本人旅行者の姿を見かけることが多く、今日仕事の合間に入ったカフェにもなぜか日本人の方が3組ぐらいいまして、店員さんが筆者にも英語でオーダーを聞いてきました。
今日書いてきたように「自分なりに努力してきた」経緯があるので、このように街の中で「ビジター扱い」されると正直ムッとしてしまう瞬間があり、今日も一呼吸おいて「Mina: puhun suomea (I speak Finnish)」と言ってしまったのですが、もし現地ズレして見えないのであれば、それはそれである意味喜ぶべき・・・と後で反省しました。英語はどうしたって自分に必要なのだから、英語で話しかけられたらその状況を逆手にとって、会話の機会にすればいいのではと。。。

報道から卑近な話まで、長くなりました。
よい週末を。

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記事を書いた人

トナカイ

フィンランド・ヘルシンキ在住の多言語通訳・翻訳者。日本で金融機関に勤務の後、ヨーロッパへ。留学中に大学講師を務め、フィンランド移住後は芸術団体インターンなどを経て現在にいたる。2児の母。

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