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真実は細部に宿る

パンの笛

通訳・翻訳者リレーブログ

 時々リーディングの仕事を請けています。ご存じない方のためにご説明すると、リーディングとは、翻訳して出版するかどうかを決定する前の原書を読んで、そのあらすじや著者についての紹介などをA410枚程度にまとめる、という仕事です。一般的には、そのレジュメ原稿が集まったところで出版社にて編集会議などの打ち合わせが行われて、どの本を実際に翻訳して出版するのかを決定しているようです。この仕事、日本ではまだ紹介されていない本を読むチャンスを与えてくれるので、非常に楽しいのです。時には英語版も出版前のものである場合もあり、原稿の状態でリーディング原稿が送られてくると、こちらはもうコーフン状態です。「世間の誰もまだ目にしていない本の原稿がここに!」と、つい原稿を持つ手にも力が入ります。
 要するに、あらすじをまとめる、とういのがこの仕事のポイント。そう聞くと簡単そうですが、実は侮れません…。最初の頃は普段の読書の要領でとにかく一通り読んで、「あー、面白かった。で、どういう筋だったっけ?」などと振り返っていたのですが、そうすると、思っている以上に自分の頭の中に系統だった筋というのは残っていなかったりするのです。起承転結が頭に残っていないのに面白いと思えるはずがない、と脂汗をかきながら筋を思い出そうとするのですが、ただ楽しんで本を読んでいる者の心理とは、思っている以上に感覚的なものであるらしいのです。そこで、二回目以降はある程度メモを取ったり、物語のポイントになる部分に印をつけたりしながら読みます。でも、それをつなげただけでもまだ、あらすじとしては不十分なのです。AだからBになり、それが転じてCに、という流れを完成させるには、情報が乏しすぎるのです。「なんでAだからって、Bなの」と突っ込みを入れたくなってしまいます。そこで、今度はそのAの周辺情報、そしてBの周辺情報、とさらにさかのぼって確認して、最後には、登場人物が言った一言の微妙なニュアンスが物語の鍵を握っていたりするのです。そう。大きな物語の流れというのは、一つ一つの単語の持つニュアンス、力強さ、複合的な意味合いなどがまるで森林の地面に落ちてやがて新しく生える木々の栄養となる枯葉のように降り積もって初めて形成されるものなのです。その繊細な意味合いを意識的に、そして敏感に察知した上でなければ、その物語の筋書きを系統立てて語ることは、到底不可能なのです。いや、本当のところは、そうした細かい部分を抜きにしても筋自体は書けます。書けますが、そうやって書き出した筋書きは、いかにも薄っぺらで説得力に乏しく、物語の魅力を十分に伝える力のないものになってしまい、せっかくの原作の本質を伝えることができなくなってしまうのです。リーディングをした者の読み取る能力によって、その作品が日本語で出版されるかどうかが左右されることを考えると、責任は重大です。そこで勢い、最後はこうした細かい内容を吟味して、どうやってその細部を大きな流れとしての筋書きに盛り込むのか、を考える作業にもっぱら専念することになります。こうした側面は、文芸作品に限ったことではないでしょう。普段手がけるチャンスの多いビジネス文書も、一つ一つの単語の持つニュアンス、状況設定に対応してその単語が使われる意味などが複合的に絡み合って、全体のメッセージが形成されているのです。ビジネス文書の場合でも、その翻訳の完成度如何でビジネスが成立するかどうかが左右されることが多いものです。その責任の重さを認識しつつ、一つ一つの単語、そしてそのつながりをきちんと理解して翻訳に当たりたい、と常々考えています。でもでも、木を見て森を見ず、では本末転倒ですね。細部を掘り下げる能力と、全体を俯瞰する能力のバランスが大事。それが結論でしょうか…。

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記事を書いた人

パンの笛

幼少時に英国に滞在。数年の会社勤めを経て、出産後の仕事復帰を機に翻訳を本格的に学習。現在はフリーランスの在宅翻訳者。お酒好きで人好き、おしゃべり好きの一児の母。

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