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それぞれの立場

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

最近、想像力に欠ける人が多いねという話になることが多い。
早い話が「自分さえよければ」という人である。
たとえば歩道を猛スピードで走る自転車。出勤や登校で急いでいるのは分かる。しかし歩道には高齢者や子ども、ベビーカーを押したお母さんも歩く。幅は広くない。そこに前から後ろから猛スピードの自転車が突っ込んで来たらどうなるか。多少の想像力を働かせれば分かるはずだが、そうではないらしい。それで最近、息子の同級生が自転車にぶつかられ、倒された拍子に前歯を数本折ってしまうという事故がおきた。ぶつかった自転車の女性は、その子が倒れたことを知りながら走り去ったそうだ。
マンションの敷地内にゴミを平気で捨てる人がいる。購入したCDや雑貨の包み紙、アイスキャンディの棒。自分がゴミを落とせば、不快に思う人がいたり、最後には他の誰かが拾わなければならないという想像力がない。
学校のPTA役員選出。フルタイムで働く人にとってこれほどの恐怖はない。物理的に無理なのだから。専業主婦のお母さん方ですら避けるのに、仕事で保護者会にも出席できない人を欠席裁判で候補に選出する。「仕事を言い訳にして学校の用事を専業主婦に押し付けるのはズルイ」という考え方もある。しかし、活動を週末や夜にして、お父さんと交替で出席できるようにするとか、自宅に持ち帰ってできる作業のために平日の昼間にわざわざ集まらないとか、お料理教室だの講演会だのフラワーアレンジメントだなんて、行きたい人だけカルチャー教室に通えば済むものをPTAの活動から省くなど、仕事を持つ人でも参加しやすいよう改善する余地はたくさんあっても、慣例に固執して何も変えないのもどうだろうか。お互い、相手の立場を少し想像しあえば済むはずなのに。
想像力が足りないのを補うのは何か。
経験ではないだろうか。
かく言う私も自分の想像力が優れているとは思わない。
経験を通して少しずつ身についてきたのでは、くらいには思うが。
たまたま、大学を卒業して数年間勤めたのが、百貨店だった。
この立場の逆転はかなり衝撃的なものだった。
昨日までお客さんだったのが、今日からは店員なのだから。
おかげで見えたことがいくつもあった。
100万円以上の宝飾品を買う客も、150円の漬物パックを買う客も、同じ客として扱うべきであること。少なくとも、その場では。包装紙の色を変えるとか、高級なトイレに案内するとか、特急エレベーターを用意するとかってことはない。
ところが裏ではやはり異なる扱いをする。高額商品を頻繁に買ってくれる顧客には外商部員がついて御用伺いに行くし、来店した時は特別のサロンにお通しするし、歩引きもする。それが商売というものだ。
たまたまレジが混雑しているとか、さっきまでガラすきだった売り場に急に客がどやどやっと入ったためとか、他の職員が休憩や会議中で売り場が手薄だとか、新入りで手際が悪いといった、店側の都合は、客にはまったく理解できない、理解する必要もない事情であること。買物が決まった後の手続きは常に迅速・正確さを要求されて当然、言い訳を差し挟む余地はない。
仕入れる側としては、急に品薄になったから急いで納品してほしいなどのこちらの要望に、臨機応変に対応してくれる業者がいかに有り難いかも経験した。やはりそこは人間、次回は急がなくても、あるいは良い話があれば、その業者を使おうと思うものである。
一旦、売る側、サービスを提供する側の立場を経験したので、また客の立場に戻ると、少々の事情は透けて見えて、必要以上に腹を立てないで済むこともある。たまたま昼食時間頃に買物をしたら、売り場に店員が少ないのは当然だと理解できたりするからだ。
一方で、「この程度はできて当然だろう」と、期待値が厳しくなってしまう場合もある。店に出向いて特定の商品を問い合わせた時に、「それは置いていません」「今、切らせてます」という返答だけで済まされると、販売チャンスをこちらから持ちかけてあげたのに、メーカーに在庫を問い合わせるとか別の店から取り寄せるとか、代替商品を提案するといった努力をしない姿勢に腹が立つのだ。
さて、こういった話は一見、翻訳者という仕事には無縁のように思われるかもしれないが、実は全くそうではない。むしろ、大学を卒業してすぐに翻訳者にならずに良かった、今あるのは、あの時代に百貨店の社員を経験したお陰だとすら思っている。また、子どもを持つ親の立場になったことも、非常にプラスになっていると思う。言い古された言葉だが、「何事も経験」である。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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