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人間力

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

まだ社会人になって1、2年目の頃、勤めていた会社の同僚とよく海外旅行に出かけた。その何回目かのときのことだ。
南仏の町をいくつか回り、ニースに立ち寄った。
そこでやられてしまったのだ。多いよと忠告を受けていた、子ども強盗軍団に。
ふらりとランチに入ったレストランが期待以上に美味しくて、いい気分で出てきたところを10人ほどの子供たちに取り囲まれ、ひとたまりもなかった。3人グループの全員が財布をすられ、そのうち1人はクレジットカードまでやられた。私ともう1人は現金とカードを別にしていたのでカードのほうは助かった。しかし友人2人はその場で腰砕けになったと同時に座り込んで泣き出してしまった。
私は2人に先に泣かれたせいか、最初のショックが過ぎると意外に平気だった。
とにかくクレジットカードを停止しなければ、それから盗難保険の請求に警察に行って盗難届けをださなくちゃ、そして駅のロッカーに預けてある荷物を取り出して、帰りのパリからの飛行機は3日先だしパスポートは無事だし、私のクレジットカードは生きてるんだから、予定通り次の目的地エズに行って旅程を続けようよ、と2人を叱咤激励した。駅に戻ってロッカーを開けようとして、3人ともロッカーの暗証番号を書いた紙を財布に入れていたせいで、見事旅行カバンまですっからかんにやられていることに気づいた時も、私はもう笑うしかなかった。あーあ、この先3日間、着替えもなし?
落ち込んだままの2人を引きずるようにニース警察に行き、時間がきたからと窓口を閉めて帰ろうとした係官に、フランス語もできないのに食って掛かって何が何でもその場で盗難届けを発行させ、さらに電車に乗ってがけを登って断崖の上にあるエズという小さな町まで何とか到着した。クレジットカードを取られた友人はまだ落ち込んだままだったが、もう1人が何とか立ち直ってくれたので、2人で夕食に出かけてこじんまりしたレストランに入り、ワインで乾杯した。とても美しい街だった。
長々と何を言いたいかというと、人生って予期せぬ危機が訪れるもの、ということだ。
仕事をしていても同じ。突然パソコンがクラッシュしたり、顧客から依頼を受けていた作業分量と実際に届いたファイルの量が全く違っていたり、子どもが突然熱を出して病院に行かねばならず、仕事をするはずの時間が大いに削られてしまったり。ピンチの種は数え上げてもきりがない、予測できないからピンチになるのだし。
そんなとき、さめざめと泣いてうずくまってしまうか、くっそぉ〜負けるもんかと立ち上がれるかの違い。今、何が問題で、最低限何が必要で、どうすればそれが手に入るかを考えられる気力。必要な情報や手助けをかきあつめられる能力。何が何でも目標を達成しようと突き進むど根性。これらをひっくるめて何ていうのか分からないので、とりあえず人間力って言っておくけれど。分かっているのは、泣いたって溜め息をついていたって、事態は絶対に改善しないということ。
で、エズから先はどうなったかというと、翌日、列車でパリに戻るのだけれど手持ちのお金は乏しいので指定席は買わず、数時間を連結付近で立ったまま。パリではできるだけ安くて、ただし安全そうな宿を見つけ、それでもお土産ショッピングに繰り出した。このあたりで、ずっと泣いていた友人もようやく元気を取り戻してくれた。傑作はド・ゴール空港でチェックインする時だった。チケットを出したらグラウンドホステスのお姉さんが変な顔をした。「荷物はないのですか?」 そりゃ不審だっただろう。若い女性が3人、化粧もせず日焼けした顔でぼさぼさの髪、よれよれの着倒したTシャツと短パンと小さなショルダーバッグだけで、パリから日本行きの飛行機に乗ろうというのだから。若かったあの頃、である。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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