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事件とキーワード

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

 ダイアナ元英皇太子妃が事故死してから来年で10年になるそうだ。2人の息子、ウィリアムとハリーがその来年に追悼コンサートを計画しているなんていうネット・ニュースを見て、「もう10年!」と思った次第である。
 彼女の事故は、私が3年間のロンドン生活を終えて帰国しようと飛行機に乗っていた間に発生したらしく、成田に着いて数時間後に知人から「お帰り〜」の電話がかかり、その時に「ダイアナ、死んだよ!」と聞いて驚いたことを鮮明に覚えている。
 ああいった大きな事件は、その時の自分の居場所や、時間や、身辺の出来事とも絡まって記憶されるものだろう。
 また同時に、こんな仕事柄のせいか、海外での大きな事件はキーワードとなる言葉も一緒に覚えることが多い。
 ダイアナ妃の死亡のときはやはり paparazzi だろう。カタカナ語「パパラッチ」が一気に市民権を得た。もちろんロンドンにいたときは、ベッカムだのスパイスガールズだの王室の他のメンバーだのが常に追い回されていたので、paparazzi はしょっちゅう目や耳にする言葉だったが、あの事件以来、ダイアナといえばパパラッチ、パパラッチといえばダイアナ、というイメージの言葉になった。
 アメリカにいた90年代の初めで印象が強いのは、クラランス・トーマスが連邦最高裁判事に指名されたときに、トーマスにセクハラを受けたと訴え出た元部下のアニタ・ヒルの事件だ (Thomas-Hill Controversy)。
 通常なら連邦最高裁判事は大統領の指名を受け、上院の承認を経て就任するという手順が、アニタ・ヒルのこの訴えで大騒ぎになった。トーマスは上院司法委員会の公聴会に呼ばれ、公聴会はテレビで全米に放送された。トーマスが黒人だったこと(ヒルも黒人)、2人が上司と部下だった職場が Equal Employment Opportunities Commission(雇用機会均等委員会)という公的機関だったこと、トーマスの前任者であるマーシャル判事(連邦最高裁初の黒人判事)がリベラル派であったのに対しトーマスが保守派だったことなどから、事態は国民の大きな関心を呼んだのだ。ヒルが当時はオクラホマ大学の法学部教授という地位も名誉も教育もある立場の人物だったことなどから、その証言に信憑性があると考える人も多かったが、結局、ヒル本人の証言以上の証拠がなく、上院は48対52で、トーマスの就任を承認した。ヒル教授を支持する、あるいはトーマスの就任に反対する人々、特に女性は、上院にほとんど女性議員がいなかった(98%が男性)ことが、セクハラの訴えが通らなかった理由だと考える人も多く、その後の92年の選挙では女性候補が躍進した。
 当時はまだ日本で sexual harassment という言葉が入ってきたばかりで、それがいったい正確に、あるいは具体的にどのような行為をいうのか理解している人は少なかったはずだ。1970年代の終わりにセクシャル・ハラスメントという概念を確立した当のアメリカでも、この事件はあらためて「セクハラ」の捉え方や解決の難しさを浮き彫りにした。
 ちなみに連邦最高裁判事の職は、本人が退官を希望するか亡くなるまでの終身制で、若干43歳でパパ・ブッシュ大統領に指名されたトーマス判事は、もちろん現在もその職を続けている。
 パパ・ブッシュの後任、クリントン元大統領が残していったキーワードは、かなり情けなかった。ホワイトハウス研修生だったモニカ・ルインスキーと、“inappropriate intimate contact”があったと認めた、あの事件だから。元大統領がテレビ演説でこの言葉を用いてスキャンダルの事実を認めた後はしばらく、メディアには “inappropriate xxxx” という表現が躍り続けた。それにしてもこの表現、実はなかなか上手い。inappropriate だなんて、wrong とか、dirty とかって言えば良いのに、否定形でやや中和している。intimate は、「男女の仲」であることを指す形容詞だが、普通に「親しい」という意味でもある。intimate conversation といえば、「親しく打ちとけた会話」くらいの意味にもなる。さらに contact だって、肉体的な「接触」も連想させる一方で、人と人との「連絡」や「交際」、「関係」の意味もある。だから別にクリントン氏は「モニカとエッチな行為をしました」と告白しているわけではないとも言える。頭脳明晰なスタッフが集まり、練りに練った表現なんだろう、これは。日本のニュースでも「不適切な関係」と訳されたのがほとんどだった。

 そんな風に過去の印象的な事件と言葉を思い出したが、今年は何か、重大なキーワードがあっただろうか。
 ンー、思いつくのは Brangelina かな。
 ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が、People 誌に400万ドル以上で売られ、このお金は慈善団体に寄付されるという、仰天の話題だった。
Brangelina。……パパラッチとかセクシャル・ハラスメントとか「不適切な関係」よりは、ホノボノとしたキーワードで良いかもしれない。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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