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図書館から

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

息子の小学校では、週に2回、保護者が交代で朝の授業が始まる前に本の読み聞かせに行く。今週、その当番に当たっているので、読む本を選びに近所の区立図書館へ出かけた。息子がもっと小さい頃は時々お世話になっていたが、小学校には図書館があるので自分で本を借りてくるようになり、児童書コーナーに足を踏み入れるのは久しぶり。

書棚に目を走らせたとたん、魔法にかかる。
ドリトル先生、プー、ナルニア国、大草原の少女シリーズ、赤毛のアンといった、子ども時代に夢中になった数々のタイトルに、ハリー・ポッターにネシャン・サーガ、最近うちの息子が夢中になっている『デルトラ・クエスト』シリーズなど、新しいタイトルも目に入る。
思わず1つ1つ手にとってその場に座り込みたい衝動に駆られてしまう。
いかん、いかん、今日は1年生のクラスに読んで聞かせる短いお話を探しに来たんだった。

読み聞かせ用の絵本を何とか選び、帰りにふと目に入ったのはアルセーヌ・ルパンの全集。少し前に映画が公開されたのに見そびれていて、カリオストロ伯爵夫人を『イングリッシュ・ペイシェント』のクリスティン・スコット・トーマスが演じたというので是非見たくて、DVDリリースを待っているところなのだ。
小学校の図書館にあった全集を全部読んだつもりでいたのだが、「八点鐘」「奇岩城」「緑色の目の少女」「金三角」などタイトルは思い出せるものの、内容の記憶が抜けている。DVDを見る前に復習しなくちゃ、と借り出してきた。

偕成社の全25巻のシリーズで第15巻『カリオストロ伯爵夫人』。初版は1982年だから、もうルパンは卒業していた頃だ。もしかするとその以前は全25巻も出ていなかったかもしれない。
読み始めると、内容は子ども向きとは言えない事に気がついた。ルパンや美しい令嬢クラリス、妖婦カリオストロ伯爵夫人たちを巡ってお色気話がいっぱいだし、ナポレオンやマリー・アントワネット、フランス革命など歴史的な知識もある程度必要。
そうだったのか。「明智探偵と少年探偵団」とは違って、元々お子様向けのお話というわけではないのだ。

巻末の「解説」がまた面白い。カリオストロ伯爵夫人は架空の登場人物だが、カリオストロ伯爵は実在の人物だという。しかも稀代のペテン師。「王妃の首飾り事件」にも関与した挙句、フリーメーソンである嫌疑で死刑判決を受けたとある。
そこからフリーメーソンの話になる。Freemason とは、もともと聖堂などを作る石工の職業団体だったというのだ。知らなかった。確かに、mason は石工のことだものね。

そういえば、少し前に翻訳した建築仕様書にメーソンリーという言葉が頻出したのを思い出す。メーソンリーとは、石やコンクリートのブロックを積み上げる工法をいうのだ。しかしこれが秘密結社のフリーメーソンの起源とは。中世の時代、仕事を求めて各地を旅していた石工たちのうち、腕のいい石工たちが集まって、情報交換や相互扶助を目的とする団体になったのだという。ああ、そういえば、ケン・フォレットの『大聖堂』という小説の主人公トム・ビルダーがまさにそんな石工だったなぁ。

このカリオストロ伯爵という人物と王妃の首飾り事件のことを、あの大デュマも『ある医師の思い出』という作品で取り上げているそうな。デュマ・ペールといえば『モンテ・クリスト伯』、『三銃士』と、これまた子ども時代に胸躍らせ読みふけった作品の著者。三銃士にも女スパイみたいなミレディというべっぴんさんが出て来て、悪役なんだけどカッコいいのだ。で、この子ども時代に読んだ『三銃士』も、実は子ども向けに編集したもので、全作の邦訳は最近まで出てなかったらしい。うん、俄然、読みたくなってきた。ちなみに、『三銃士』の第三部に含まれている鉄化面の話は、レオナルド・ディカプリオ、ガブリエル・バーン、ジェレミー・アイアンズ、ジョン・マルコビッチ、ジェラール・ドパルテューの出演で『仮面の男』という映画になっている。これ、お勧めだけど、フランスの時代劇なのにフランス人俳優が1人だけなんて、京都の芸妓を中国人女優が演じた『SAYURI』の上を行く。

デュマの息子の小デュマは、オペラで有名な『椿姫』の原作者。これはデュマ・フィスの実体験を基に書かれている。椿姫をモチーフにした映画が、ジュリア・ロバーツの出世作『プリティ・ウーマン』であるのは有名(かな?)。映画の中でリチャード・ギアがジュリアを着飾らせて連れて行くオペラもヴェルディの椿姫で、ラスト・シーンでも椿姫をカーステレオでかけながらリチャード・ギアがジュリアを迎えに行っちゃう。

読み聞かせの本を探すつもりが、あれよあれよという間に子ども時代の読書の森に帰ってしまい、ついでにオペラや映画にも思いを馳せ、あちらの木の枝を眺めこちらの花を愛で、そこの木の実を取って味わうという楽しみに耽った。あらためて、子どもの頃にどんなに本にお世話になったのか、そしてどんなに多くの作品と楽しいひと時を過ごしてきたのかが分かった。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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