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第102回 身近なひとが戦地にいるときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

「自分ごと」という言葉があります。何事も、自らが実際に関わってみないと、物事をリアルには理解できないのだと言われます。

災害・事件・事故というかたちで、災難はわたしたちの身近な世界を切り裂いたりします。

それでは、戦地に身近なひとがいる場合はどうでしょうか。

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In Time of ‘The Breaking of Nations’
Thomas Hardy

I
Only a man harrowing clods
In a slow silent walk
With an old horse that stumbles and nods
Half asleep as they stalk.

II
Only thin smoke without flame
From the heaps of couch-grass;
Yet this will go onward the same
Though Dynasties pass.

III
Yonder a maid and her wight
Come whispering by:
War’s annals will cloud into night
Ere their story die.

*****

国破れて
トーマス・ハーディ

男がひとり 大地をならしてゆく
黙々と ゆっくりと
老馬は 首を垂れ のそのそと進む
のろのろとした足取りに そろってうとうとと

火のない煙だけが かすかに立ちのぼる
もさもさと積まれた雑草の山から
しかし 煙は変わらずに立ちのぼるだろう
幾多の王朝が現れ消えてゆこうとも

遠くから女が 男とやって来る
ひそひそとささやきあいながら
戦史も夜の闇にまじり消えるだろう
物語りの終わらぬうちに

*****

戦争についての詩の中でも、この詩は特に有名で、第一次世界大戦の時代を生きたトーマス・ハーディーの代表作のひとつです。

銃後の暮らしを描き、戦地について多くを語ることはありません。しかし、構成とメッセージはシンプルで、それは、働くこと、自然の営み、愛すること。それらは戦争や国の盛衰に関わらず続くのだと伝えています。

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まず、「働くこと」について、最初のパートを見てみましょう。

Only a man harrowing clods
男がひとり 大地をならしてゆく

畑に行けばわかるのですが、地面は耕して終わりではありません。ほじくり返したあとのclods「土くれ」を砕いてならしていく必要があります。

まるで眠ってしまっているかのように、ただひたすらに黙々と働く人と馬。食べないと生きていけないのが人間。派手さはないですが、そんな根源的な営みを支えるのが畑仕事です。

わたしたちは誰もがオフィスで、家庭で、コミュニティで、誰かを支えるために日々働きます。昨日と今日が同じような一日でも、一分一秒を楽しむどころか、早く一日を終わらせたいと願いながら働いたとしても、それも明日を確信している営みです。戦地では、そうした確信が得られません。

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次に、「自然」のパートですが、これは有名な漢詩、杜甫の「春望」の精神ですね。

国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心

国は崩壊してしまったが、山河は変わらずに在る
都には春が訪れ、草木は伸びるに任せている
人の世の有様に思いをめぐらせれば、美しい花を見ても涙がこぼれる
人との別れを恨んでは、楽しい鳥の声にも心乱される

国にどんな動乱があっても、自然は変わらずに存在し続ける。そんなメッセージをハーディーの詩も伝えています。

Yet this will go onward the same
Though Dynasties pass.
しかし 煙は変わらずに立ちのぼるだろう
幾多の王朝が現れ消えてゆこうとも

杜甫の漢詩が感傷的なトーンに浸るのに対して、ハーディーの詩は、さらに日常性を際立たせるために、「愛すること」というテーマにも踏み込んでいきます。

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Yonder a maid and her wight
Come whispering by:
遠くから女が 男とやって来る
ひそひそとささやきあいながら

男女がお互いの耳元にひそひそとささやく、これまた変わらぬ日常そのものと言えます。政治的横暴や駆け引きがどんなにメディアを騒がせても、それは情報として消費されてゆきます。しかし、愛し合う男女の姿は、いつの時代も変わりません。最も身近な人との関わりとは、言ってみれば、究極の「自分ごと」であり、そういった物語だけが、結局いつまでも続くのだと思えてきます。

地球上では、紛争や災害が絶えませんが、私にとってはどれも他人事に思えないと感じることがあります。仕事や旅を通じて、知り合った人が世界各地にいることによって、紛争も災害も画面の中で消費する情報としてでなく、身近な人に降りかかっている困難なのです。その意味では、「自分ごと」に思えて、心をかき乱されてしまいます。

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今回の訳のポイント

トーマス・ハーディーという詩人は、意識的に方言や古語を使った詩人です。

Yonder a maid and her wight
遠くから女が 男とやって来る

この一行も、Yonder「遠く」や、maid「女」やwight「男」という単語の響きから、古い物語を聞かされているかのような感覚を覚えます。今目の前の男女を描いているのでなく、古代から連綿と続いてきた人の営みの重さを感じさせます。

今現在繰り広げられる争いごとも、ひととき報道を賑わせても、また別の紛争や災害が起きれば、忘れ去られてゆく。一方で、そういったものを超越して、人と人が出会って紡ぎだすストーリーがある。テレビで見るニュースでも、教科書の年表でもなく、互いに言葉を交わした人に降りかかる困難として、受けた止めたときに、それは「自分ごと」になるのだと言えます。

 

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Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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