INTERPRETATION

第8回 本当にやり直してますか?

上谷覚志

忙しい人のためのビジネス英語道場

前回、今プチブームの”やり直し英語”について考えてみたいと思います。社会人になってから英語を何とかしないといけない人にとって、英語のやり直しは頭の痛い問題です。英語がこれまであまり得意でない人は、恐らく”自分たちは基礎ができていないから、英語ができない。だからもう一度基礎に戻って勉強し直さないといけない”と考えることが多いようです。中学や高校の英語『やり直しの本』は、まさにこういった方のニーズに応えるもので、ベストセラーになっているのも納得できます。

しかし実際にこの手の本を手に取ってみてみると、自分が本当に中学や高校で使った参考書と同じような目次やレイアウトで、昔懐かしい例文が次々と出てきて、「あーやったな。こういうの」とノスタルジックな気分にさえなります。何十年前に出版された内容と全く同じ本がなぜ売れているのか不思議だったので、出版社の方と会った時に聞いてみたところ、「昔やったことを同じようなフォーマットで振り返ることから得られる安心感が受けて、復習した感が得られるから大人に受けている」のだそうです。

例えば受験勉強をしないまま高校や大学に入ってしまった人や英語から離れて何十年も経つような人の場合、一度中学や高校の本にさっと目を通し、復習することは無駄ではないでしょう。ただしあくまでも”さっと目を通し、全体としてどういう内容があったのかと自分の苦手分野を把握する”程度でいいと思います。それがわかったら、次はビジネスで英語を身につけたいのか、それともとりあえずTOEICスコアを上げたいのかを決めます。それによってやり直すべきことが全く変わってくるからです。

TOEICが出来たころは、TOEICは英語のコミュニケーション力を測るテストなので、対策はできないと言われていましたし、今のような対策本もほとんどありませんでした。しかし今は状況が全く違って、TOEIC自体がいろいろな人に分析されて、その対策本や攻略本が数多く出され、コミュニケーション力ではなくTOEIC力を測るテストになってしまいました。もちろん英語のコミュニケーション力が上がれば、最終的にはTOEICスコアも上がっていきます。一般的な目標点600点~700点代くらいであれば、コミュニケーション力がさほどなくてもTOEICの対策をしっかりやれば、目標点を取ることは難しいことではありません。

やり直したい英語がTOEICであれば、ビジネス英語やコミュニケーション英語の勉強はちょっと忘れて、ひたすら問題形式に沿った練習をすることをお勧めします。就職・転職にせよ、昇進にせよ目標点に達したら、次に本当に使えるためのやり直しを始めてください。本当に自分が使うための勉強をして、英語の地力が付いてくれば、TOEICのスコアも勝手に上がってきます。初心者または中級者の場合は、両方を一気にやらずに、まずはTOEICそれからビジネス英語のやり直しという順番を間違えないようにしてください。

TOEICのスコアの縛りもなくなり、コミュニケーションのための英語をやり直す場合、文法と語彙から始める必要があります。最終目標が英語を聞き取り、話せるようになることであっても、文法や語彙が弱いとその目標は単なる目標で終わってしまいます。日常的に英語を使わない環境で外国語として英語をマスターしていくための基礎が文法であり語彙であることは多くの方が理解し、実践しています。それでも納得するような形で英語ができないのは、そのアプローチにあります。

文法がわかるということはどういうことなのでしょうか?文法説明ができることでしょうか?文法の問題が解けることでしょうか? TOEICスコアもとりあえずクリアし、英語のテストを受けなくてよくなったのにもかかわらず、テスト勉強のようなことを続けていても英語が使えるようにはなりません。本当のコミュニケーションにはそもそも選択肢などないのですから、選択式の文法問題や穴埋め問題、リーディングの理解度確認問題もいらないのです。

これまではいかに早く答えを探す訓練をしなければならなかったわけですが、これからは”文法をどう使いこなすか”という訓練に変えなければなりません。そこには当然のことながら、選ぶべき選択肢はありません。しかし逆にいうと自分が好きなように文法を使えるという自由があります。苦手な文法は使わなくてもいいわけですし、自分が使いたいと思うものだけを自分で選択して練習すればいいのです。文法の全てを知らないといけないわけではない分、ある意味気分が楽になったのではないでしょうか?

以前授業の中で「私は過去を振り返らないので、仮定法は要らない」とおっしゃった方がいました。それでいいと思います。試験の場合はそういうわけにはいきませんが、自分で英語を使うだけであれば、文法全てを勉強する必要はないと思います。冒頭で『やり直しの本』をさっと見直す程度でいいと言いましたが、その時に”この文法って自分に必要?”って問いかけてみてください。

例えば、no more than~(~にすぎない)とあって、自分だったらonlyって使うかなと思ったら、それはとりあえず覚えるリストから外していいと思います。通常、やり直し勉強の場合、大切なところをできるだけ拾うようにしますが、この勉強はいかに自分にとって要らないものを捨てていくかがポイントです。著者が大切と言っても、自分がこれは使わないかなと思ったら、思い切って外してください。自分のレベルが上がってくると、要らないと思ったものも必要になる時がきますが、その時までは忘れて、今の自分に必要なものだけを覚えるようにしてください。

これからは誰かに英語力をテストされることはないわけですから、自分にとって何が必要か、必要でないかを決めることができますし、決めていかないといけないのです。通訳のように英語で生計を立てるのでない限り、今必要でない情報はかなりあります。

次回は、具体的に文法や語彙のやり直し方法について考えていきたいと思います。

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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