INTERPRETATION

第10回 使える単語帳

上谷覚志

忙しい人のためのビジネス英語道場

前回のコラムでは忘却曲線を使って、機械的に覚えた単語はどれくらいのスピードで忘れていくのかについてお話ししました。

私の場合、通訳案件で必要な単語は、その案件期間中だけ覚えていればいいので、ある程度機械的に覚えてしまうこともあります。似たような案件が続けば、自然と覚えていくものですが、また期間が空くとそういった単語も以前ほどすぐには口からついて出てこなくなる場合もあります。

一年に一回程度しか使わない単語と、日々業務で使う単語や、英語の基礎として常に使わないといけない単語では覚え方を変える必要があるのでしょうか?私は基本的には違いはないと考えています。あるとすれば、覚えた後のメンテ期間をどれだけ設けるかだと思います。忘却曲線でお話ししたように、覚えた後24時間以内にどれだけ確認するかが、単語を記憶しておくカギでした。

それでは単語を6つのプロセスを整理していきたいと思います。

(1) 単語帳を作る

(2) 3秒ルールでチェック

(3) 全身で覚える

(4) 単語のイメージをつかむ

(5) △と×を再度チェック

(6) その日のうちに再チェック

まず今回は(1)の「単語帳を作る」プロセスについて話したいと思います。本にせよ、ソフトにせよ、さまざまな単語集が世の中にはあります。フォーマットも様々で、使いやすく工夫されているものも増えてきました。もし今お使いの単語集で、効率的に単語が覚えられ、使うときにもスラスラと出てくるのであればいいのですが、私の場合は、市販のものはどこか情報が足りなかったり(逆に多すぎたり)、訳語に違和感があってしっくりこないことが多くあります。

膨大なデータから選び出された単語はリストとしては活用させて頂きますが、適時自分が使えるようにカスタマイズしていきます。そのまま市販の単語集を使うのは、他人の服を借りて生活しているような感じがするので、自分の身の丈に合うように変えていきます。

通訳者の中には手書き用のノートを持ち歩く人や、スマホ等のデバイスを駆使する人もいます。私の場合、エクセルに英語と日本語の対訳を打ち込み、場合によっては例文や用法を書き添えます。エクセルのメリットは、アルファベットやひらがなだけではなく、他の属性情報(たとえば品詞や重要度等)を入れておくと簡単に並べ替えができるので、用途に応じて並べ替え、印刷し持ち歩くことができます。

さて、皆さんは単語帳にどのような情報を書いていますか?市販の単語集をみると、見出し語、訳語、発音記号、品詞、例文、解説、派生語、同意語・反対語・関連語等さまざまな情報が載っていて、辞書のダイジェスト版のようなものも少なくありません。自分の単語帳には自分が本当に必要な情報に絞ることが重要です。情報は多ければ多いほどいいというわけではありません。自分にとって本当に必要な情報を絞り込んでいくことが大切で、知っていることは書かなくてもいいわけですし、自分がいつも間違えるポイントや今後使ってみたい用法等を書き込むことが重要です。

まず必要な項目として英語とその対訳があります。スピーキングやリスニングが弱い人は発音記号も必要です。ただし全ての単語ではなく、自分が発音できないもののみでいいでしょう。発音記号が読めない場合は、最初は発音記号にカタカナを符って、強く読むところに印をいれておいてもいいと思います。訳語だけをとにかく覚えようとする人が少なくありませんが、発音できない単語をいくら覚えても、リスニングやスピーキング力を伸ばすことはできません。英語をコミュニケーションで使いたいのであれば、意味だけではなく発音も同時に覚えてください。

また文法が弱い人や英語の基礎ができていない人は、品詞も単語帳に入れるようにしてください。単語の意味がわかっても、その単語が名詞なのか動詞なのかがわからないとスピーキングやライティングで、その単語を使いこなすことができません。母国語で単語の品詞なんて考えることがないため、品詞の重要性が軽視されがちですが、自然に覚えた母国語と違い、大人になってから外国語として英語を勉強したのであれば、意識的にそれぞれの単語の品詞を覚えていく必要があると思います。最初は大変かもしれませんが、品詞を意識し始め、品詞を見分けるコツをつかめるようになると、日本語を使うように品詞を意識しなくても英語を使いこなせるようになります。品詞がわかるようになると、文章の構造もわかりますし、書くにせよ話すにせよ、どの単語をどういう順番で使えばいいのかも自然にわかるようになります。最初は窮屈に感じるかもしれませんが、単語を覚えるときには、訳語+音声情報+品詞は必須情報として押さえるようにしてください。

次に用例です。単語は文章で覚えるのが鉄則で、単体で覚えるよりも文脈があった方がより記憶に残りやすいものです。ただ単語を覚えるのに、全ての単語に文章を書き込んでいくと、かなりの作業になりますし、途中で嫌になる可能性も大きいので、文章でなくても句にしてみましょう。例えばbook(予約する)と覚える時に、I would like to book a double room for two nightsと文章にしてもいいですが、もっと短い句でbook a (double) room(部屋を予約する)というようにすると、単語単体より記憶に残りやすいですし、使う時にもbookの次の言葉もすぐに出てくるようになります。単語の使い方に関しては、辞書の例文を参照してもいいですし、比較的新しい電子辞書には研究社から出ている”英和活用大辞典”という単語の用例を集めた辞書もありますので、その中から自分が使いそうなものを選んで、単語集に書き込んでください。1つの単語に複数の意味があったり、用例もたくさんあるケースもあります。あれもこれも覚えたいと欲張るのではなく、自分が今後使うかどうかを基準にして、書き込む情報を判断するようにしてください。たくさん書けばいいというものではありません。

最後に単語帳を作る上で最も重要なことをお話ししたいと思います。訳語をどうするかという問題です。辞書や市販の単語帳の訳語をそのまま書いている方がほとんどではないでしょうか?単語の意味というのは、基本的に文脈に依存しています。特に動詞、形容詞、副詞は、その後に来る言葉によって訳語が大きく変わります。辞書にしろ、市販の単語帳にしろ、自分が普段使わない訳語が出てきたら、それは自分の単語帳には書き込まず、自分が普段使う言葉に変換してから単語帳に書き入れるようにしてください。

例えば、どの市販の単語帳にも必ず載っている”admire”という単語があります。辞書や市販の単語帳では、「感嘆する」「賛美する」「敬服する」という訳語が載っていますが、皆さんが日常的に「感嘆する」「賛美する」「敬服する」という言葉を使いますか?もし使うのであれば、そのまま覚えても問題ありませんが、私は使いません。こういう訳語を覚えてしまったら、admireという単語は高尚な文脈で使われるもので、日常的には使わない言葉だと思うのではないでしょうか。しかしこの単語は普通に使われる単語で、平易な日本語でいうと「すごい!!」という意味です。I admire you.というと「君ってすごいね!!」とか「君みたいになりたいよ」くらいの意味です。さすがに辞書に「すごい!!」とは書けないかもしれませんが、皆さんの単語帳にはそういう制約はありませんので、自分が普段使っている日本語を書き込むべきだと思います。機械的にこの単語を「感嘆する」「賛美する」「敬服する」と覚えてしまったら、皆さんの口からadmireが出てくることはないでしょう。使える英語を身につけるための単語帳ですから、自分目線で訳語をカスタマイズすることが重要です。とりあえず書かれている訳語を覚えることを止めることが良い単語帳をつくるポイントだと思います。

次回はその次のプロセス「3秒ルールでチェック」について説明していきたいと思います。

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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