INTERPRETATION

第315回  でも、やって良かった

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

掃除機がけや片づけは大好きで、昔から整理整頓は一種のストレス解消になっていました。大好きな音楽をかけて、要・不用品をひたすら整理する。思ったよりも潔く大量のごみを捨てられると心もすっきりします。これにより達成感を抱くことができるのですね。掃除機がけも同様で、ホコリが見る見る吸い取られていき、最後はピカピカになると、「今日もきれいになって良かった~」としばし感慨深い思いを抱きます。

その一方で、大の苦手としている家事があります。

窓拭きです。

なぜ苦手なのか自分なりに分析してみました:

1.そもそも慣れていない

→片づけや掃除機がけは子どもの頃からやっていて段取りもわかる。けれども窓拭きの場合、何をどうして良いのか戸惑ってしまう

2.届かない場所がある

→私は背が153センチほどしかありません。よって、窓の上辺部分は手が届きにくく、掃除が大変そうという思いがあります。

3.マンションの中層階に住んでおり、拭けない窓がある

→ベランダ付きの部屋であれば外側から拭けます。しかしベランダなしでは窓の外側を拭くことができません。プランターボックスはあるのですが、人が立つには小さすぎます。わざわざそこに出て中腰で窓の外側を拭くのは高所恐怖症の私にとってはhuge challengeです。

このようなことから、「窓拭き=大変=私にはできない」という思いでこれまで来たのですね。よって年に数回、外注してピカピカにしていただくという方法をとってきました。

プロの方の手にかかると、本当に見違えるぐらい美しくなります。仕上がった窓を見ていつも思うのは、「よし、今度こそこの状態を保とう。もっと頻繁に自力で拭いていればあそこまで汚れないはず。これからは毎日丁寧に拭こう」ということです。

けれども、ハイ、そもそも苦手意識があるので、その一大決心も1日で崩れてしまいます。

とは言え、プロにお願いするには当然ですが費用はかかります。見積もりに来ていただく日とお掃除の当日、私が在宅でなければなりません。そのようなことを思いながら、ここ数週間、とことん汚れてしまった窓を見つめてはため息ばかりついていました。

そこで今回は意を決し自力で拭くことにしました。

方法は至ってオーソドックス。濡れぞうきんで大きな汚れを拭き取り、その後、新聞紙で水滴を拭きあげるという方法です。「おばあちゃんの知恵」的な方法ですが、とてもきれいになるのですよね。

ふだんの私であれば「仕方ないから掃除しよう。大変だけど頑張ろう」という思いを抱きながら掃除をします。けれども今回は発想を変えてみました。こう考えるようにしたのです。

「誰のためでもなく、これは自分のため。

きれいになれば達成感を抱ける。

家族も喜んでくれるし、ピカピカの窓になれば

『大変だったけど、よく頑張った、自分!』と思えるはず。」

このような考えだけを頭の中に抱きながら、ひたすら拭きあげていきました。

さほど大きな家ではないのですが、それなりに窓の数はあります。けれども不思議なことに、最初は今一つだった要領も、何か所か拭いているうちにリズムが出てきたのですね。自分なりの段取りが出来上がってきたのだと思います。

一枚拭くごとにピカピカになった窓を眺める。「やっぱりきれいになった。拭いて良かった!」という思いが湧きあがります。

そしてこれを繰り返すこと数十分。高所恐怖症で敬遠していたプランターボックスにも出て、中腰で拭きあげました。これが私にとっては最大の難所克服でした。

もちろん、プロの仕上がりに比べれば恥ずかしいぐらい汚れが残っています。それでも自分なりに一段階次のレベルへ行けたというのは、大きな達成感です。

苦手なことも、このようにして自分なりに原因を分析し、それをクリアするための工夫をすると、何かしら得るものがあるのですね。「でも、やって良かった」という思いがきっと出てくるはずです。

これからも様々なことにあきらめずチャレンジです。

(2017年7月18日)

【今週の一冊】

「切手が伝える化学の世界―化学に親しむはじめの一歩(切手で知ろうシリーズ)」 齊藤正巳著、彩流社、2013年

小学校2年生の秋にアムステルダムへ転居しました。その年のクリスマスに父からプレゼントされたのはスタンプアルバム。切手を保管する台帳です。そこから私の切手集めが始まりました。

オランダは埋め立て国家。どこまでも平らで日本とは異なる気候風土です。暗く長い冬を乗り切るうえで切手集めは格好の楽しみでした。父は仕事で届いた郵便物の使用済み切手を職場から持ち帰り、母は日本から届いた切手を切り抜いて渡してくれました。やがて街の切手ショップで買い集めるようになり、コレクションはどんどん増えていったのです。

8歳と言えばようやくひらがな・カタカナを習得して、基本漢字を学び始めるような年齢です。アルファベットは私にとって謎の記号でした。それでもCCCP、Magyar Posta、Helvetia、Polska、Sverigeなどと書かれた切手を国別に分け、ファイリングしていったのです。自分なりに「しー・しー・しー・ぴー」「まぎーや・ぽすた」などと勝手に読んでいました。ソ連、ハンガリー、スイス、ポーランド、スウェーデンと知ったのはずっと後のことです。私にとっての切手収集は世界への入り口であり、地図好きのきっかけであり、デザインや美術、描かれた各テーマへの好奇心の源となりました。

今回ご紹介するのは、切手が描いた化学の世界です。元素記号を始め、化学界に功績を立てた偉人たちの姿や環境問題などを紹介しています。偉人に関してはキュリー夫人を描いた切手が数多く発行されていました。その肖像も国によりけり。写真風のものもあればイラスト風に描かれたものもあります。いずれも真剣に実験に取り組むキュリー夫人が小さな切手の中に表れているのがわかります。

もう一人よく取り上げられているのが、周期表を発見したロシアのメンデレーエフ(1834-1907)です。立派なひげをたくわえたメンデレーエフは35歳の時に周期表に関する論文を発表しました。そのメンデレーエフを描いたソ連切手もたくさんあります。ちなみに金額表示は「kon」。これはルーブルの補助通貨「コペイカ」です。

・・・それにしてもメンデレーエフがムソルグスキーやブラームスに見えるのは私だけでしょうか?

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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