INTERPRETATION

Vol.12 林田富美さん「言葉は生きている」

ハイキャリア編集部

多言語通訳者・翻訳者インタビュー

【プロフィール】
林田富美さん Tomi Hayashida
ブラジル連邦共和国サンパウロ州立大学宣伝広告部卒業後、米国留学。平成2年来日、広告代理店、旅行代理店にて勤務。ポルトガル語通翻訳者としての経験を積み、平成14年よりフリーランス通訳翻訳者として独立。現在はスポーツ関係を中心に、幅広い分野にて活躍中。

母国語はポルトガル語だと伺いましたが。
両親ともに日本人なのですが、私自身生まれも育ちもブラジルなので、ポルトガル語を日常的に話す環境で育ちました。将来は、英語を使って何か仕事ができればと思っていましたが、自分のルーツでもある日本には一度行ってみたいと思っていたんです。22歳の時に初めて訪れました。これまで親が話す日本語を耳にする以外、日本語に触れる機会はなかったので、最初はかなり戸惑いました。全く話すことができず、声をかけられてもうまく答えられないことがつらかったです。「外見は100%日本人なのにどうして話せないの?」と皆に思われているようで、こわかったです。必死で勉強しました。当初は英語の方が得意だったのですが、5年目ぐらいからでしょうか、日本語の方が私にとっては自然になってきたように思います。

通訳翻訳の道に進んだきっかけは?
まさか自分が通訳の仕事をするなんて思ってもみませんでした。ましてや、日本語を使ってなんて! 来日後、広告代理店と旅行代理店で働きました。ポルトガル語の他に英語も話せたので、たまに通訳のようなことを頼まれることがあったんです。ブラジル人の出生証明書や社内文書を翻訳することもあり、だんだん興味を持つようになりました。日本語の能力もついてきたので、少しずつですがアルバイトのような形で、時間がある時に通訳の仕事を請けるようになりました。
通訳翻訳者への夢が膨らむのと同時に、本当にこれ一本で食べていけるのだろうかと不安があったんです。3-4年は代理店の仕事と並行して通訳の仕事を請けましたが、通訳をやりたい気持ちの方が勝ってしまいました。一度きりの人生、やってみようじゃないかと思ったのです。思い切って仕事を辞めました。30 歳を過ぎていましたが、今やらないといつやるんだと自問自答した後の決断でした。

どのようにして通訳の勉強を?
ご存知かとは思いますが、ポルトガル語の通訳学校は存在しないので、辞書で調べながら、ひとつひとつ言葉を覚えていきました。かなり原始的な勉強方法だったと思います(笑)。 新聞、テレビ、雑誌など、私にとっては目にするもの全てが教材でした。学校に通っていれば、もう少し効率的に勉強できたのかなとも思います。

初めて経験した通訳は?
代理店時代、大使館からの依頼で、商談通訳をすることになりました。事前に頂いた資料や会社案内を頼りに必死に勉強したことを覚えています。当日は緊張しっぱなしで、終わった後はなんだか力が抜けてしまいました。この時に味わった達成感があったからこそ、今日までこの仕事を続けてこられたのではないかと思います。

格闘技やサッカーなど、スポーツ関係の通訳をお得意とされているようですね。
試合、記者会見、マスコミ取材、契約交渉の際の通訳を担当しています。最初は大変でした。それまでやってきた、ビジネス関係の通訳とは異なり、使う用語や通訳のやり方まで全く違うんです。専門用語と知識の必要性はもちろんですが、選手のバックグラウンドも様々なので、それぞれ使う言葉の種類も異なります。テレビも非常に緊張します。何回やっても慣れませんね。収録の場合は編集も可能ですが、生放送はダイレクトにお茶の間に伝わります。その分達成感とやりがいは大きいのですが!

今だから話せる失敗談は?
テレビでの通訳は、ハプニングがつきものです。一番大変だったのは、数年前の冬に担当したスポーツ番組収録通訳です。風邪で咳もかなりひどかったんですが、「どうしても林田さんでないと」と言われ、無理して現場に向かいました。収録中、選手のインタビューを待っている間、咳き込みそうになってしまったんです。カメラがまわっているので、必死にこらえました。休憩になった途端、皆が心配して飛んできたので、大変申し訳なく思いました。

林田さんの強みは?
相手との信頼関係を築くことができることでしょうか。特に、選手の契約交渉時は、通訳者としての立場を明確にしておかないといけません。いつも事前に選手にはきちんと説明するようにしています。単に言葉だけ訳すのではなく、お互いの関係を大事にしたいんです。
外国語が話せるからといって、通訳ができるわけではではないんですよ。軽い気持ちでできる仕事ではありませんし、中途半端な仕事は、自分にとっても通訳する相手にとってもよくないと思います。

スキルアップの秘訣は?
雑誌、新聞、インターネットのスポーツ欄には必ず目を通します。注目されている選手、新しい技、最近使われている言い回しなど、常に情報をアップデートしておく必要があります。

オフの日は?
寝ています(笑)。なかなか疲れが取れないんですよ。仕事中は、頭も体も120%フル稼働しているので、休日はできるだけ休みたくて。趣味は、格闘技やサッカー観戦ですが、これも仕事のうちかもしれませんね。ゆっくり時間が取れたら、旅行にでも行きたいです。今後もずっと日本に?そのつもりです。今はこの仕事が楽しくて、やれるところまでやってみようと思っています。将来のことは誰にもわからないので、ひょっとしたら数年後はブラジルにいるかもしれませんが。それはそれでまた楽しみですね。

7つ道具

ポルトガル語通訳翻訳者を目指している方へのメッセージをお願いします。
言葉は生きており、常に変化しています。ポルトガル語の場合は、いきなりフリーになるよりも、他の仕事をしながら徐々にステップアップしていく方がいいかもしれません。仕事量が他の言語に比べて少ないこともありますが、同時に自分が本当に通訳に向いているかを確かめることができると思うんです。少しずつ、少しずつ。必ず結果はついてきます。
通訳する相手は人間なんだということを忘れないでいて下さい。

【編集後記】

あまりに自然な日本語に、22歳まで日本語をほとんど話したことがなかったと聞いて驚きました。「相手が人間だということを常に忘れないで」の一言が印象に残りました。今後、ますますのご活躍をお祈り申し上げます。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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