INTERPRETATION

第364回 仲間と共に

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

近所の柿の実も少しずつ赤みがかり、稲刈りも始まりました。季節は秋です。秋と言えば「学びの秋」。通訳学校でも秋学期開始に先立ち、無料体験レッスンや説明会が開かれています。

私が通訳という仕事を初めて知ったのは大学3年生のとき。単なる英会話や試験対策の学習よりも、もっと知的なことを学びたいと思っていました。たまたま大学で履修したのが通訳の授業だったのです。単語テストにシャドーイング、教室の前に立っての逐次通訳など、プレッシャーの多い授業でした。社会人経験が皆無の私にとり、ビジネスのスピーチには苦戦しました。しかし、知的刺激を大いに受け、この世界へといざなわれたのでした。

今、私は大学生や社会人に通訳を教えています。初心者の方にとり知識力以上に語学力を何とかせねばという焦りは大きいようです。確かに大量の英文を聞かされて「はい、訳してみましょう」となれば、そう思わざるをえません。「自分には単語力が・文法力が・構文力が・リスニング力が足りないから訳せない」という思いに打ちのめされてしまうのです。

けれども、現場でこの仕事をすればするほど、大事なのは「多種多様な知識」だと痛感します。特に放送通訳の場合、いつどのようなトピックが出るかわかりません。一つ一つのニュースにいは、びっくり箱をその都度開けるかのようなドキドキ感を伴います。ディクテーションをしたらきっと書きとれるはずなのに、意味はさっぱり。知識がなければ訳せないのです。

私はセミナーでお話する機会があるのですが、最後の質疑応答時間で「お勧めの教材は?」「どうすれば効率的にできますか?」というお尋ねをよく受けます。この質問が出るたびに、私が思い出すのは「障子張り替え」です。

実家にいたころ、年末に和室の障子を張り替えました。古いものをはがして、新しい障子を張り付ける。それだけの作業です。形も四角ですのでそう難しくはないはずです。けれども実際にやってみると、これまた大層手こずったのでした。

要は、一見簡単に見えても必ずしもそうとは限らないのですね。大事なのは何度も練習を積み重ねて経験値を上げること。それ以外に上達の術はありません。細かい作業が好きな私にとっても、障子張り替えは未知の分野でした。一方、何度も張り替え経験のある父は、さっさと仕上げていたのです。

障子張り替えを通訳学習に置き換えてみると、「推薦教材」や「効率」という考えがいかに表面的であるかに気づかされます。上達したいならコツコツと練習するのみなのです。

ところでみなさんは何かを学ぶ際、独学それとも集団のどちらがお好みでしょうか?それぞれ長所短所があります。私は最近、学校の良さを改めて感じています。と言いますのも、私は長年スポーツクラブでスタジオレッスンを受けているのですが、毎回決まった時間にレッスンを受け、仲間と汗を流すことが運動のモチベーションにつながると感じているからです。「あの人もがんばっている」「レッスンに出れば、あの先生の楽しいトークが聞ける」という具合に、運動以外から励まされることが多いのですね。

秋から通訳学校に通学しようか迷っていらっしゃる方。ぜひ一度体験レッスンや説明会に足を運んでみてください。納得がいくまで何度受けても大丈夫。「この学校なら続けられそう!」という直感がひらめいたら、ぜひ思い切って通ってみましょう。世界が広がるはずです。

(2018年9月11日)

 

【今週の一冊】

「迷路の秘密図鑑」エイドリアン・フィッシャー&ハワード・ロクストン著、北村孝一訳、青娥書房、2013年

ペーズリー模様や幾何学模様、原石など、世の中には美しい柄がたくさんあります。その一方で、人工的に作られた迷路もあります。バブル最盛期の頃、日本では大型迷路が大はやりでした。私の実家近くにも巨大迷路がありました。その後、ブームも下火となり、今そこには小学校が建っています。

今回ご紹介するのは迷路に関する一冊。実は古代から迷路があることを本書で私は初めて知りました。迷路が描かれているのは地上だけではありません。巨大な岩に刻画されているものもあるのです。神話や宗教などと共に迷路が時代を経て生き残っていることがわかります。

イギリスでは庭園の生垣を使って迷路を作ることが昔からはやっていたそうです。本書によると、そのきっかけは1862年ごろとのこと。元海軍士官のネスフィールドがデザインしたとあります。こうして生垣の迷路が大流行したのですが、二つの大戦と共に荒廃していったと書かれています。時代に翻弄された迷路とも言えるでしょう。

ちなみにアメリカでは迷路として描かれた上を歩く「ラビリンス・ウォーク」があります。瞑想や祈りのために行うものだそうで日本でも注目されています。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。

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