INTERPRETATION

第395回 学びの王道とは

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「目標を設定して長期計画を立てる。そこから細分化して中期計画・短期計画を作成。さらに日々の『やることリスト』を作る」

ビジネス本や自己啓発本にはこのように書かれていますよね。

私は子どもの頃から「計画を立てる」という作業が好きでした。学校の定期テストを始め、ピアノの検定試験、スポーツのテストなどを含みます。社会人になってからは、英語関連の資格試験を受ける際、計画をまずは立てることから始めていました。

なぜこのような習慣になったのか。これには理由があります。

親の転勤でロンドンに暮らしていた際、現地の学校になじめなかったからです。

転入したのは私立女子校。当時はまだ多文化共生という時代でもなく、外国人もほとんどいない学校でした。幼稚園から高校まであり、ほとんどの生徒たちがずっと持ち上がりで来ていたのです。私が転入した小学4年生当時、すでにクラス内のグループは出来上がっていました。

日本人自体が珍しかったこともあり、英語が全く話せなかったことも重なり、友達はできませんでした。日本への理解不足から来る級友の心無い発言に、しんどく思ったこともあります。スポーツ音痴だったこともあり、唯一対抗できるのは勉強だけでした。つまり私の場合、幼少期から「お勉強大好き」だったのではなく、「勉強しか逃げ場がない」という特殊な環境に置かれていたのだと思います。

幸い、大人になってからは運動オンチであろうと白い目で見られることはありません。そう考えると、「運動できなくて肩身が狭い」というのは人生のほんの数年のことです。でも当の本人にしてみれば学校生活が全てです。だからこそ、幼いうちに「自分はこれが大好き」と思えることが見つかり、そこに心の安寧を得られるようになればと思います。学校生活や部活動、運動能力「だけ」が人の判断基準ではないのだということを、もっと大人は伝えていくのも大事なのではと感じます。

さて、今日は「学びの王道」についてお話します。

先日のこと。スポーツクラブでアクアビクスというクラスに参加しました。これは水中で有酸素運動、つまりエアロビクスをするものです。ここ数か月、関節が痛むことがあるためデビューしました。もともとカナヅチであり、10年以上もスポーツクラブに属していながらプール未使用だったのですが、トライしてみたところ実に良き運動となり、気に入っています。

その日の担当インストラクターさんのレッスンは、私にとってまさに「指導の宝庫」でした。

まず、声が大きくにこやか、活舌も良く、ハキハキと話します。プールのような反響する場所で指示出しがわかりやすいというのは必須です。さらに、レッスン開始時の動きは極めてシンプルなもので、「あ、これなら簡単にできそう」と思えました。そして同じ動きを数回繰り返したら、さらに追加で新しい動きが入ります。それを繰り返していくうちに、コリオがどんどん出来上がり、最終的に完成していったのですね。

一つの動きにプラスして次ができると、人間は嬉しくなります。さらにもう一つ、もう一つと重ねていき、それができてくると達成感を抱けるようになり、「やれば自分でもできるんだ!」と自己肯定感につながります。こうして何度も繰り返していくうちに、45分のレッスン終了時には皆が完璧に動けていたのです。自分だけでなく、集団としての「動きの美」も見られて圧巻でした。

これは運動に限らず、どのような学びであれ共通していますよね。英語学習もしかりです。よくセミナーの質疑応答で頂くお尋ねの中に「おすすめ教材はありますか?」というものがあります。その際、私が意識して答えているのは「少し易しめのレベルから始めてみては」という答えです。「何年も英語を学んできたから、今更レベルを下げるのは恥ずかしい」「ちょっとだけ頑張れば、この難易度でも多分出来るはず」と思い、あえて難しいテキストにトライしがちです。よって、「易しいものを」との答えに質問者は一瞬きょとんとされるようです。

けれども大事なのは積み重ねと達成感と自己肯定感だと私は思います。この「学びの王道」をスポーツクラブで改めて感じたのでした。

(2019年5月14日)

【今週の一冊】

「段ボールはたからもの 偶然のアップサイクル」島津冬樹著、柏書房、2018年

日経新聞の最終ページに掲載されている「文化欄」が好きで、いつも読んでいます。「私の履歴書」もお気に入りですが、紙面中央に出ている記事にも注目します。登場するのは、それぞれの分野で活躍される方々。中でも私のお気に入りは「この道ひと筋」という芸術家たちです。

今回ご紹介する島津冬樹さんも、日経に掲載されていました。段ボールへの並々ならぬ愛が綴られていたのです。いわく、段ボールにはそれぞれ個性があり、世界中の段ボールを求めて旅をなさっているのだ、と。そのきっかけとなったのは、美大時代に段ボールで財布を作ったことでした。2018年にはドキュメンタリー映画「旅するダンボール」も公開されています。

本書は島津さんがどのようにして段ボールの世界に入ったのか、学生時代から今に至るまでが紹介されています。段ボールの集め方も本格的です。海外からの帰国時には紛失することを恐れて機内に段ボールを丸ごと持ち込むのだとか。でも明らかにアヤシイ人と空港職員には見られてしまうそうです。そんなエピソードが満載です。

掲載されている段ボールの写真を見ると、ロシアのキリル文字やタイ、カンボジアなど、独自の文字が印刷されています。また、島津氏は段ボールの魅力として「レトロな味わい」も挙げています。日本の段ボールのデザインも、すでに10年以上前のものだそうです。

「みんながいらないと思っているもので、自分が大切に思えるものがあるということは、とても幸せなことかもしれません」と述べる島津氏。私も同感です。一人一人が生きていくうえで、自分ならではの「大切なもの」を見つける旅を私も続けたいと思います。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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