INTERPRETATION

第421回 やめるのも勇気、復活させるのも勇気

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

英語学習において何か一つの方法を試していてうまくいき、資格試験のスコアが大幅に上昇することがあります。「今までいろいろなやり方にトライしたけど、ようやくこれで向上できる!」とわかると嬉しくなりますよね。一方、その逆もあります。私の場合、単語を覚えるのが苦手で、昔はずいぶんと単語テキストを買っては途中で放り投げることを繰り返してきました。原因は「単体で単語を覚えること」が私にとって苦痛だったからです。結局、ノルマに追われるような単語テキストを使うことはやめて、辞書の例文を音読(和訳も音読!)するようにしたところ、語彙力アップに随分寄与してくれたと感じます。これが私にはぴったりだったのでしょう。

けれども、良かれと思って取り組んでいたメソッドが、ある日を境にうまくいかなくなることがあります。そうなると辛いですよね。今までの成功体験がある分、自分に非があるのか、一体何が悪いのかと気になってしまいます。

このまま今までのやり方に固執してもかえってしんどくなります。そうした時は、むしろその方法から少し離れる方が良いのではと私は考えます。つまり「試行錯誤することを自分に許す」のです。そうしてあれこれトライした結果、また元の方法に戻ってくるのも有りだと思うのです。学習に限らず、日常生活でも同様です。

たとえば私の場合、長いこと歩数計を身に付けていました。一日1万歩を目指すためです。ところが在宅での仕事が増えた時期にはどう頑張っても3000歩以上になることがありません。一日の終わりにノルマ不達成となるにつけ、自分の意志の弱さが嫌になってしまいました。そしてある日を境に「数字に縛られる生活は精神衛生上良くない。もう歩数計はやめよう」と思い、外してしまったのです。

しばらくは気分的に楽になりました。一日の終わりに気分が滅入ることもなくなり、ノルマに追い立てられなくなり、晴れ晴れとした気分でした。ちょうどその時期、関節を痛めていたこともあり、歩くこと自体を減らすのも治療法の一環ととらえていたのです。

ところが数か月たつと体重が増えてしまったのですね。しかも歩かない分、体が硬くなってしまい、肩こりもひどくなりました。

「うーん、やはり私の場合、歩数計を付けて1万歩というのが一番手っ取り早い運動法かなあ」と思った結果、歩数計を復活させました。そして現在に至っています。

改めて歩数計とともに日々を過ごしてみると、歩くことへの意識が高まりました。幸い体重も元に戻りつつあります。あれこれ試した結果、私には歩数計が合っていたということなのでしょう。

ただ、昔のように「何が何でも一日1万歩」というノルマはやめました。「昨日1万7千歩を歩いたから、今日は3千歩でも、ま、いっか~」という具合です。こうした余地があった方が気分的に楽になります。

一つの方法をやめるのも勇気、復活させるのも勇気です。大事なのは、試行錯誤を続けることだと思います。

(2019年11月26日)

【今週の一冊】

「つづくをつくる ロングライフデザインの秘密」ナガオカケンメイ、西山薫他著、日経BP、2019年

先日のこと。東京・汐留での仕事を終え、時間に余裕ができました。歩き始めるとエリアマップが柱のところに。眺めたところ「アドミュージアム東京」とあります。日本で唯一の広告ミュージアムとのこと。以前から広告、とりわけ大正レトロのデザインに関心があったため、早速向かいました。

館内には企画展の他に常設展もあり、日本の広告の移り変わりを堪能できました。蚊取り線香で有名な金鳥の昔の広告や黎明期のポスターもたくさんあり、タイムスリップできましたね。歴史を経ても美しいデザインというのは、美そのものが生き続けるのでしょうね。

今回ご紹介するのは、ロングセラーがなぜロングセラーとして生き続けているのかを綴った一冊です。キャンパスノートやヤクルト、カルピスに龍角散など、おなじみの商品が取り上げられています。その商品の成り立ちや開発担当者の話など、いずれも読みごたえ大です。

中でも興味深かったのが、キャンパスノートの「工夫」です。通常であれば、市場で「売れるもの」を目指すはずですが、コクヨでは市場調査を行い、「『嫌い』が少ないデザインを採用」するのだそうです。つまり「究極の普通」を意識しているとのこと。こうしたとらえ方があるからこそ、ロングセラーとなっているのでしょうね。

一方、永谷園のCMで流れるシャカシャカ音は「サウンドロゴ」と言うのだそうです。今やあの音だけで商品名が思い浮かびます。

どのページもカラーで読みやすく、森永チョコボールに至っては歴代パッケージの写真が!懐かしさに浸ることができました。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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