INTERPRETATION

第519回 無意識なるバランス保持

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

通訳の仕事というのは、とにかく集中力が求められます。少しでも心ここにあらず状態になってしまうと、あっという間に置いてけぼりになるからです。私自身、デビュー当時は「緊張しすぎて集中できない」という状況によく見舞われました。が、これも運動同様、とにかくトレーニングして場数を踏み、慣れていくしかないのですよね。今は「緊張はするけれども、必要以上にあがらないようにする」ことだけには、何とか慣れてきたように思います。

さて、今回のコラムでは私自身がこれまでどのような環境下になると集中力がそがれたり、他のことが気になったりしていたかを、自戒の念も込めて(?)ご紹介いたします。

まず、セミナー通訳での出来事から。

その業務の実施場所は、とある企業の会議室。そこそこの広さでした。部屋の前方に海外からの方がスクリーンとともに講演をなさいました。私の作業場は部屋後方の一角。簡易同通ブースは無く、「スピーカーからの肉声英語を聞き、後ろに着席している私はそこの机でメモをとり、マイクを使って逐次通訳」をしたのでした。

中でも難儀したのは、話者と私の間に役員の方々が着席しておられたこと。いえ、みなさん大人しく聞いておられたのですが、どうしても私と話者の間に人がいることで、その方々の「動き」が視界に入ってくるのですね。回転型オフィスチェアに座っておられますので、動くと揺れるのがわかります。紙をめくったり、隣の人と小声で話したりというのも私の目の前で展開されるのです。するとそれがどうしても気になってしまう。「気にせずに登壇者に集中!」と内心言い聞かせるほど、余計気になったのです。さらに「ハックショーン!!」などとクシャミ音があれば、そこで集中力断絶となります。

さらにその日、苦労したのは、窓の外からの音でした。

そのオフィスは2つ並ぶ高層ビルのうちの一つにあったのですが、ビルとビルの間からの音というのは上に抜けるのですよね。その日は下の道路に街宣車がとまっており、拡声器を通じた大きな音が上がってきました。一字一句聞き取れたわけではないのですが、「何やら爆音がする」という状況となり、ますます逐次通訳が困難になったのでした。

放送通訳現場はその点、防音ブースの中で仕事ができるので助かっています。

しかし!

私の場合、ニュースキャスターやゲストなど、画面上の人物や光景についつい目が行ってしまうのです。キャスターが身につけているジュエリーや、その日の華やかなワンピース、「ちょっとネクタイ曲がってない?」とツッコミを入れたくなる男性キャスター、自宅から出演されるコメンテーターの室内インテリアの美しさなど、あらゆることに気持ちが向いてしまうのです。

ちなみにCNNではアフリカや南米、アジアなどの話題も多いのですが、日本ではなかなか報道されない地域の映像が出てくると、私はつい現地の光景をたっぷり味わいたくなります。「あ、この道路は舗装されていない。だからトヨタのSUVが多いのかな」「あれ?これってもしかして都営バス?今は第二の人生でこの国で使われているのね」という具合です。

そうそう、「非売品グッズ」も注目します。CNNではロゴ入りのマグカップや取材用のダウンジャケットが出てくるのですが、「わ~、これはスタッフ専用なのかなあ。いいなぁ~」と思ってしまいます。

ハイ、もちろん同時通訳そのものに集中することが必須ではあります。でも、こうしたperipheralなものに目をやることで、もしかしたら緊張感を緩和させるべく、無意識なるバランス保持をしているのかもしれません。

ゆえに毎回の放送通訳現場はいつも楽しみでもあります。

(2021年12月14日)

【今週の一冊】

「数の英語表現辞典 改訂新版」小学館辞書編集部編、小学館2018年

通訳の仕事をしていて特に難関に感じるのが「数字」。少ない数ならまだ良いのですが、millionやbillion、分数やパーセンテージが出てくると、かなり緊張します。

本書は数字にまつわるありとあらゆる表現が網羅されている貴重な一冊。小数点以下の正しい読み方からスポーツの勝敗・点数などの言い方まで載っています。

たとえば「電話番号」の説明ページを開くと、番号の正しい読み方が解説されています。アメリカの場合は市外局番と市内局番は一桁ずつ読むのに対して、加入番号は一桁ないし二桁ずつ言っていくのだそうです。さらに解説を読むと「加入番号の末尾の00と000はそれぞれhundred, thousandと読む」と細かい点まで書かれています。

数字というのは、画面や紙の上に表されている際にはそのまま黙読できてしまいますよね。でも、いざ「声に出して」読もうとすると、案外読めません。易しそうで意外と難しい数字。この一冊さえあればどのような英語数字にも太刀打ちできそうです。

ちなみに日本では市外局番の冒頭「0(ゼロ)」を正しくは「零(れい)」と読みます。「03-XXXXーXXXX」は「れい・さん」なのですよね。気になる方はぜひテレビやラジオニュースに耳を傾けてみてください。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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