INTERPRETATION

第580回 飽きる。以上!

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

まじめな人ほど「一度決めたらやり遂げたい」という思いが強いように思います。私自身、何か決定したらできる限り長くそれを継続したいと感じます。例えば「通訳レベルを維持するために〇×△という勉強法を続ける」という具合。それはそれで大事だと思うのですよね。アスリートが、たとえ体調が今一つでもほんの少しだけトレーニングをするのと同じです。

ただ、悲しいかな、今の時代は本当に様々な「正解」が存在します。いや、そもそも正解というのはその人個人にとって最適解だっただけにすぎず、万人に当てはまるとは限りません。でも、ネットで検索すればあっという間に膨大な量の「オススメ正解」が出てきてしまう。で、画面のこちら側の人間は、「あの方法も良いけど、こっちの方が私には合っているかな」「でも、ちょっと敷居が高いから、別の方が良いかな」と迷います。それで逡巡した挙句どれも導入せず、検索結果のページをあちこち飛んで眺めてはおしまい。ああ、今日も何も成し遂げずに時間だけ過ぎてしまったとのモヤモヤ感だけが残ります。

私は子どもの頃から猪突猛進型で、「これっ!」と決めるとかな~りそれに没頭します。その習性は大人になった今なお続いており、ある時はそれが助けとなり、ある時はそれが自分を縛り付けたりもします。

たとえば最近の例。

あまりの酷い肩こりゆえ、マッサージや鍼、オンラインヨガなど試してきたのですが、ふと、「無料のラジオ体操、良いのでは?」とひらめきました。私は高校時代、NHKの語学講座や文化放送の「大学受験ラジオ講座」を愛聴。「放送時間が決まっていると、強制的にラジオの前で聞く」という習慣が合っていました。ゆえにラジオ体操もそれに合致すると思ったのです。朝、午前、昼、午後と一日4回あり、その都度、机から離れて体を10分動かすのは最適と思えました。

実際、取り組んでみたところ、この時間的束縛(?)は素晴らしい。しかもわずか10分でも大いに体がほぐれ、肩甲骨の硬さも改善されていったのです。お世話になっているマッサージ師さんにも褒められました。

さあ、こうなると猪突猛進型の私はエスカレートすることはなはだし。ラジオだけでは飽き足らず、テレビでも体操をやっていることを確認。当初は時間に合わせてテレビの前で動いていたのですが、「これ、繰り返し録画したら良いのでは?」と思ったのですね。そこで午前と午後に放映される「テレビ体操」「みんなの体操」の繰り返し録画をセットしたのでした。

ところが、不在状態が続いたり忙しくなったりすると、録画は溜まるばかり。録画リストを見るたびに、膨大な未視聴リストが並びます。こうなると「ああ、いつか一つ一つ観て体を動かさねば」という妙な正義感が。それでますます焦ってしまい、観なくなってしまうという悪循環に陥るのです。周囲に「ラジオ体操、良いよ~。テレビでもやってるよ。私、これで肩こり改善したよ」と豪語してきただけに、今更自分がやめるわけにもいかないなあと思って悶々としたりします。厄介な性格です、本当に。

で、結局繰り返し録画は解除しました。これで少し気持ちも楽に。「在宅ワークの日に取り組める時だけちゃんと取り組もう」という結論に至ったのでした。

要はどれほど好物であっても食べ続けたら飽きるのと同じ。ヒトは「飽きる」という習性を持っているのだと思えば良いのです。でも、だからと言ってそれまでの努力が無になるわけではないのですよね。ラジオ体操が私には合っていた、でも、自分のすべての生活をラジオ体操中心にすることはできなかったと思えばスッキリします。

「飽きる」ということがいつもいつも「悪」ではない。むしろそこからどう自分なりに展開していくかなのだろうなと思っています。

(2023年4月4日)

【今週の一冊】

「97歳の悩み相談」(瀬戸内寂聴著、講談社文庫、2022年)

随分前の私は書籍を「大人買い」することが好きだった。当時あった新宿南口の紀伊国屋書店の最上階から地下階に至るまでぐるぐると書棚の間を回りつつ、ひらめいた本はすべてかごの中へ。会計を済ませて重い袋を携えて近くのカフェで一休みしながら眺めるのが幸せなひと時だった。しかし、読まずじまいの本が増えるばかりで断捨離へ。以来、本は図書館で借りるようになった。

けれども、なぜか私の場合図書館で借りた本というのは記憶に残らない。しかも返却期限がありせわしない。線を引いたりページを折ったりすることもできない。やはり買った方が良いかなと逡巡したのである。そのような心境の中、伊勢市宇治山田駅のコンビニで出会ったのが今回ご紹介する一冊。結局その日はお土産や雑誌新聞など含めて4000円以上使った。コンビニでのこの高額利用は人生初である。

瀬戸内寂聴さんは波乱万丈の人生を歩んできた分、本当におおらかで「自分」と言うものをしっかり持っておられる。本書の悩み相談者はいずれも10代の若い人たち。恋愛、自分の性格、人間関係など深く悩んでいることを寂聴先生に尋ねている。先生の回答はどれも愛情に満ちた、それでいてズバッと核心を突いたもので、読んでいると元気が出る。

中でも次の文章が心に響いた:

「とにかく自分を守るためには、強くならなければいけません。悪口を言われるのは、自分に才能があるからだと思えばいい。あなたの才能に対して、才能のない人が嫉妬するんですよ。だから悪口を言う相手のほうが、みじめだと思えばいいんです。」(p53)

若かりし頃、文学界の重鎮から酷評されるも生き延びた先生のお言葉である。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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