INTERPRETATION

第214回 過程を楽しむ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

私は今のところ必要に迫られていないため、いまだに普通の携帯電話、いわゆる「ガラケー」を持っています。周りを見渡してみるとスマートフォンを持つ人が圧倒的に多いものの、ガラケー所持者は少なくありません。そうした方達を見るとうれしくなってしまいます。勝手に「仲間だ!」と思ってしまうほどです。

スマートフォンの利点は何と言っても「いつでもどこでも調べられる」ことです。もちろんガラケーでもできますが、画面の見やすさや機能を考えると圧倒的にスマホに軍配が上がります。スマホの進歩のスピードはすさまじく、来年再来年にどのような機能の機種が出るのだろうと興味津々です。

世の中というのは、一つの流行が出てくるとしばらくの間はそれが主流になります。けれども飽和点に達してしまうと、その正反対のことが注目されるのです。たとえばバブル期には誰もが高級ブランド品ばかりに目が行っていました。しかし私は冗談半分に「そのうち土いじりが流行になるのでは?」と言っていたのです。するとその数年後、本当にガーデニング大流行となりました。

そう考えると、今主流となっている「いつでもどこでも素早く調べられる」スマホの利用者も、そのうち「あえて調べない」というスタンスになるのかもしれません。

私はというと、調べ物に関しては過程をじっくり楽しむタイプです。普段の通訳業務では一秒を争う世界ですので、ピンポイントで調べることが続きます。けれどもいったん業務を離れると、時間が許す限りじっくりとリサーチすることを楽しんでいます。

たとえば出先で未知の英単語に出会ったとします。電子辞書やスマホがあればすぐに調べられますよね。検索してその意味が分かれば、次の文章を読み進めるのも容易になります。けれども私の場合、あえてすぐに調べることをしないようにしているのです。

「こういう意味かな?いや、前後の文章から察するに、これはこっちの意味かも知れない」という具合に、ああでもないこうでもないと頭の中で考え続けます。語源を推測したり、接頭辞や接尾辞に注目したりして、自分がすでに知っている単語に似た用語はないかも思い出します。こうして頭の中であれこれ考えることにあえて時間を費やすのです。

大事なのはその「過程を楽しむこと」ですので、もしそのプロセスが苦痛であれば、それはご本人にとっては合っていない作業となります。よって私のようなやり方をすべての英語学習者にお勧めすることはできません。あくまでもそうした「思索時間」を心から楽しめるタイプ向けです。

ただ私の場合、そのようにして考えた時間が長ければ長いほど、いざ辞書で意味を調べたときに語義がわかると心の底からうれしく幸せに思えるのです。過程を楽しむということは、いわば旅行の際に目的地へ到達するまでの風景を丸ごと楽しむようなものです。飛行機で行くか電車に乗るか自転車をこぐかという具合に、手段は多様にあります。自分の選んだ方法を丸ごと楽しんでしまうというのも一つのあり方だと私は思うのです。

手間や時間がかかればかかるほど、私にとってはその体験が丸ごと強烈に記憶されます。そしてそれが私の中でじっくりとしみこんでいくように感じられるのです。

(2015年6月8日)

【今週の一冊】

「なぜアメリカでは議会が国を仕切るのか? 現役外交官が教えるまるわかり米国政治」千葉明著、ポット出版、2014年

CNNの放送通訳ではこのところアメリカ大統領選の話題が増えている。今回の注目はやはりヒラリー・クリントン氏の出馬。何年も前から今度こそは立候補かと言われていただけに、満を持しての表明には多くのマスコミが飛びついた。これからしばらくの間は選挙関連のニュースが増えることだろう。

さて、今回ご紹介するのはアメリカの議会に関する本。アメリカの大統領選挙も複雑だが、アメリカ議会も日本や英国とは異なり独特の仕組みになっており理解が難しい。専門用語も多く、単語そのものからは想像もつかないような言葉がCNNでも頻繁に出てくる。たとえば私が難儀したのはfilibuster, lame duck session, dead on arrivalなどの用語だ。そもそもの内容を日本語で理解していなければ、同時通訳で訳出するのはほぼ不可能なのだ。

本書は現役外交官であり、元在米日本大使館公使の千葉明氏が記した一冊。連邦議会の仕組みを始め、立案までの過程や議員事務所の日常など、アメリカ議会を多方面から理解できる作りになっている。私たち放送通訳者にとってとりわけありがたいのが、巻末にある索引だ。項目や人名・地名がすべて日本語と英語の索引になっており、とても調べやすい。アメリカ議会に関する本はほかにも出ているが、本書ほど丁寧に索引を充実させたものはない。とにかく早く調べたいというときは、こうした索引付きのものがありがたいのだ。

議会を理解するためのおすすめ映画や、千葉氏の体験談コラムなども充実しており、読み物としても大いに楽しめる。日米関係をより深く知るためにも、そして次の大統領選挙を理解するためにもお勧めしたい一冊だ。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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