INTERPRETATION

第159回 過程を楽しむ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

2014年4月12日土曜日の日経新聞朝刊に興味深い記事がありました。タブレットや電子黒板を小中学校で活用した結果、授業が分かったと答えた児童生徒の率が9割だったそうです。文部科学省は、こうした先端機器により子どもたちの授業への理解や関心が高まったと報告しています。

確かに私自身、一人の聴衆としてセミナーに出かけた際、講師の方が動画やチャートを見せて下さるととても助かります。頭の中だけで想像するのでなく、具体的なものを視覚的に見ることにより、それが強く印象に残るからです。デジタル化のもたらす恩恵は計り知れないと感じます。

しかしその一方で、人間には「想像力」という偉大な能力もあると私は考えます。講師の話を聞きながら自分の心の中であれこれ思いを巡らしてみる。そしてさらに調べたいという気持ちを募らせて、後日、自分で百科事典をめくったり博物館に足を運んだりすることで「こういうことだったのか!」という発見をする。そのプロセスに時間がかかるほど、探し求めた物にありついたときの喜びもひとしおだと思うのです。

そのような考えから、最近私はあえて寄り道を楽しむようにしています。たとえば先日のこと、ニュースの同時通訳でウクライナが出てきました。そこで私は帰宅後に紙の世界地図帳をめくり、ウクライナのページを開きました。ニュースで出てきた首都名キエフを探し、ロシアとどのような位置関係にあるかも見ていくのです。地図帳には地形図や世界遺産、鉱山の地図記号などがありますので、そうした部分も確認することで、どういった国なのかが把握できます。

さらに私は書店に向かい、旅行用ガイドブックのコーナーをのぞきました。ウクライナを単体で扱うガイドブックがないとわかると、「ではロシアのガイドブックには出ているかしら」と探してみます。また、旅行代理店も訪ね、ウクライナのパンフレットもチェックしてみるのです。

こうした動きをするうちに、自分の関心はどんどん広がっていきます。私は輸入食材店も訪れ、ウクライナワインを探してみました。さらにウクライナの音楽や美術、ウクライナが輩出したクラシック音楽家など、個人的に興味のあるテーマも掘り下げていったのです。このようにして学びの対象を拡大し、そうした「探し求める過程」自体を楽しむようにしています。

物事がすべてめまぐるしい速度で動く今の時代に、こうしてあちらこちらと時間をかけて探し求めるのは一見「時間の無駄」に思えます。そのような悠長なことをしていたら置いていかれてしまう。そう思う方もいるでしょう。必要な瞬間に必要な物をピンポイントで探し出して入手することこそ、今の時代に求められる能力という考え方もあります。

しかし私にとっての「学び」とは、即効性だけではないのです。あえて自分を不自由な環境に置き、わざわざ時間と労力を費やして探し求めていくことは、あれこれ考えていく上で私にとっては貴重な時間なのです。その過程こそが私を作り上げてくれる、そんな思いを抱いています。

ウクライナ関連の調べ物はかなりの量になりました。私は持ち帰ったパンフレットなどをハサミで切り抜き、裏面に糊を塗ってノートに貼りつけました。貼りつける瞬間、収穫物を確認するようで嬉しくなります。また、そのようにしてページが埋まった大学ノートは、自分の努力の証のように感じられます。さらに数日・数週間後にページを読み返してみると、「あのとき、あそこでこのチラシを手に入れたっけ」と懐かしく思い出されます。

そのようなことすべてが、私にとって「学びの喜び」となっているのです。

(2014年4月14日)

【今週の一冊】

「読売KODOMO新聞」

読売新聞社

最近は自宅で新聞の購読をしなくなった人が増えている。確かに新聞配達員のバイクに載せられている新聞の束を見ても、以前と比べてずいぶん少なくなったという印象だ。私は講演会や授業で「紙の新聞を読んでいる人は?」と尋ねることがあるのだが、年々減っているのがわかる。

確かにインターネットやスマートフォン全盛期の今、いつでもどこでもニュースにありつけるのだから、紙の媒体はなくても構わないというのは理解できる。新聞はかさばるし、古紙回収に出すのも大変、お金もかかるという意見が私のクラスでも相次いだ。それでもなお、紙には紙ならではの良さがあるというのが私個人の意見である。

紙の辞書について書いた時もそうなのだが、紙の媒体物というのはコンピュータや液晶画面にない「視認性」がある。パッと見て一目で全体像がつかめるのが紙の長所なのだ。ページをめくれば思いがけない記事に出会うのも紙版ならではの良さである。それまで生きてきた自分の人生において、まったく関心を抱かなかった分野について、新聞記事がきっかけで魅了されることもありうる。その偶然の出会いを求めるからこそ、私は紙の媒体と関わり続けるのだと思う。

さて、今回ご紹介するのは読売新聞が発行している小学生向けの「読売KODOMO新聞」である。小学生新聞ではすでに朝日小学生新聞と毎日小学生新聞が老舗であり、読売が参入したのは数年前のことだ。先の2紙が日刊なのに対し、読売は週1回の発行である。

我が家は朝日小学生新聞と併読しているのだが、それぞれ良さがある。朝日の場合、毎日届くのでニュースの連続がよくわかる。一方、読売の強みはニュース記事が子どもでもわかる平易な文章に書き直されている点である。

たとえば4月3日のトップニュースは捕鯨禁止の判決なのだが、次のように説明されている。

「国同士の争いを解決する国際司法裁判所が、日本にとって厳しい判決を出しました。」

大人でも「国際司法裁判所」と「国際刑事裁判所」を混同してしまうぐらいなので、このように分かりやすく補足説明がついていると深く理解できる。

子ども向けの新聞や百科事典、学習マンガなどは専門家の監修つきなので内容は信頼できる。実は大人の方こそこうした出版物に触れて幅広い教養を身につけるべきだと私は感じている。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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