INTERPRETATION

第235回 太陽から思い描くこと

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

暑い暑いと思っていた夏もあっという間に終わり、紅葉が美しい季節となりました。これから少しずつ日の入りも早くなり、寒さも募って冬へと向かうことでしょう。「日照時間が短くなると何だか気分がめいってしまう」という方もいらっしゃると思います。けれども私の場合、極端に太陽を見られないイギリスの冬を経験してきました。ですので、たとえ寒くても日照時間が少なくても、冬晴れの恩恵を受けられる日本は本当にありがたいと思っています。

仕事を終えて家へ向かう電車に乗っていると、秋の西空には美しい夕焼けが広がります。富士山を始めとする山々が沈みゆく太陽に照らされ、シルエットとして浮かび上がっています。その光景を愛でながら、私は一息つくことができるのですね。最寄り駅で降り、歩いて家まで向かうと、自宅マンションの下からは子どもたちの部屋の窓が目に入ってきます。カーテンの隙間からは電気の明かりが漏れています。ああ、今日も子どもたちは無事に帰ってきてくれたのだとホッとします。

ところで太陽といえば、最近私は放送通訳の現場で「光」に注目しています。具体的には記者が現地でレポートをする際、どのような光がそこに映し出されているかを見るのです。夜間の現地レポートであれば、街の街灯が背後には見えますし、日中晴れていれば青空をテレビ画面上に見ることができます。そうした光を見ながら、ふと考えてしまうのです。私たちの身の回りには同じ「光」があるのに、それを味わう私たちの境遇はなぜこうも違うのか、と。

中東の内戦がニュースとして取り上げられると、戦う兵士たちや犠牲となった人々などの姿がカメラによってとらえられています。けれどもその周りの明かりは中東ならではの太陽の光であったり、抜けるような青空であったりします。徒歩でひたすら安全な場所を求めて歩き続ける難民の頭上には、ドイツやバルカン半島の秋の空が広がります。

太陽も月も私たち人類にとっては一つしかありません。同じ太陽と月の光を私たちは受けているのです。それなのに、なぜこうも置かれた環境が異なるのだろうか。そう考えるたびに私は精神科医・神谷美恵子先生の言葉を思い出すのです。「何故私たちでなくてあなたが?」

家も仕事も安全も健康も医療サービスも教育も与えられている人が世界にはいます。その一方で、すべてを失い、生き延びるだけで精一杯という人たちもいます。この差はなぜ生じるのでしょう?これはただただ「運」としか言いようがないのではないか。そう私は感じています。

だからこそ、与えられた者には何らかの使命があると私は思うのです。学問の場であれ、仕事の現場であれ、与えられた者として自分は何ができるのか、何をすべきかを冷静に見つめていく必要があるように思います。

大それたことをすべきというのではありません。目の前のことを丁寧にやるだけでも良いのです。その積み重ねが、「持てる者」に与えられた義務なのではないか。そう私は感じています。

【今週の一冊】

「世界の夢の集合住宅」アフロ、ピーピーエス通信社著、パイインターナショナル、2014年

私は小学生のころ2年間オランダに暮らしていました。アムステルダムの街を歩くと、運河沿いに古い建物が傾いています。アンネ・フランクが暮らしていた家もそのようなものでした。その一方では近代的な集合住宅も立ち並びます。街は整然としており、日本とは異なる様子に興味を持ったのでした。

オランダは建築学的にも斬新で、アムステルダムだけでなく、ロッテルダムやハーグなどにも珍しい建物が並びます。オランダという国は建築家やデザイナーたちにとって斬新なアイデアを実現しやすい場なのかもしれませんね。

今回ご紹介する本は、世界の集合住宅を取り上げた写真集です。私は日頃から本を読むのが好きで、カバンの中には常に何らかの活字媒体が入っています。けれどもちょっと疲れたなという日はもっぱら写真集を眺めます。文字以外が視覚に訴えるものは大きく、美しい光景などに癒しや励ましを私は感じています。

本書の特徴は、なんといっても「普通の集合住宅」が選ばれていることです。観光名所やオフィスビルなどはよくメディアで取り上げられますが、一般市民が暮らす団地やマンションというのはさほど注目されません。この写真集をめくると、それぞれの国の人々がどのような日常生活を営んでいるかが伝わってきます。

どの建物も美しく、お気に入りの一枚を選ぶのはなかなか難しいのですが、あえて挙げるならば、懐かしのロンドン時代によく目にしたトレリック・タワーとロッテルダムのキューブ・ハウス。いずれも一度見たら忘れられない特徴があります。普段なかなか海外に行くことができなくても、こうして写真集を通じて心を現地に飛ばすことはできるのですよね。眺めるだけで幸せになれる一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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