INTERPRETATION

第248回 落ち着いて最善策を考える

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日のこと。ある機関誌のインタビューを夫婦で受けました。英語教育に関するものです。我が家は夫婦そろって同業者であることから、これからの世代にどういった英語の学習が必要か、親が子どもにできることは何かということが事前の質問項目の中には盛り込まれていました。私たち夫婦の話が少しでもお役に立てればという思いがあったことから、インタビュー当日に先方の事務所へ行くことを私は心待ちにしていました。

前日に夫婦で質問項目をおさらいし、限られたインタビュー時間をどのようにして有効にするか確認しました。私は当日、放送通訳シフトがあったため、オフィスの入口で主人と待ち合わせることにしており、早朝勤務に出かけたのでした。

ところがいざ、放送通訳シフトを終えて先方オフィスの最寄り駅に着いた時のこと。オフィスの住所などの詳細ファイル一式を主人に前夜、渡していたことに気づいたのです。私はスマートフォンもモバイルPCも持っていないため、自分のメールを確認することができません。駅まで到着できたのに、オフィスまでの道のりがわからないという状況に直面しました。

さあ、困りました。ただ、前日の主人との話し合いで「じゃあ、明日は10時半にビルの1階でね」と言ったことは覚えていました。そのとき私が口にしたビル名も何となく記憶に残っていましたが、確信は持てなかったのです。うろ覚えという状態だったのですね。

早速そこの最寄り駅に着くや主人の携帯電話に連絡しましたが、留守電になってしまいました。電車内なので出られなかったのかなと思い、今度は携帯メールを送りましたが返事がありません。これはもしや携帯電話を忘れて自宅を出たのではと思い、あきらめました(なぜか主人は時々携帯電話を自宅で「お休み」させたまま外出することがあるのです!)。

最寄り駅まで到達できた以上、あとは何とかそのオフィスを探し出すしかありません。まずは駅改札口外にあるローカルマップを見てみました。しかしそのビル名までの記載はありませんでした。次に私がとれる方法としては、「ネットカフェに行き、自分のメールをチェックすること」か、「NTTの番号案内104に電話をして、その会社名とうろ覚えの住所を伝えてビル名を教えてもらう」かでした。

このような具合に選択肢をあれこれ考えながら駅の階段を降りると、なんと交番があるではありませんか!そこで恐る恐る「うろ覚えのビル名」をおまわりさんに尋ねてみました。すると「あ、すぐそこのビルですよ」という回答が。まさに正面にあったのです。早速入口まで行ってみると、幸い主人が立っており、無事合流することができました。本人に顛末を伝えると、「あ、ごめーん、ケータイ忘れてきちゃった」との回答が。でもこうして時間に余裕を持って会えたのですから万事OKです。

今回私がこの経験から得た教訓はいくつかあります。まず、「先方の電話番号は手帳に書き写すこと」です。何かあった際、電話番号さえわかっていれば連絡がつくからです。2点目は、「出発前に地図で場所を確認すること」が挙げられます。着いてから探すのではなく、しっかりと地図上でチェックしておけばより安心だと感じました。そして3つ目は、「どうすれば最小限の時間で解決できるかを冷静に考えること」です。今回、主人と連絡が付かず、住所も持ち合わせずで一瞬パニックに陥りそうになったのですが、「どーしよー、どーしよー」と言っているだけでは前に進めません。まずは心を落ち着けて、最善の方法を考えることが大事なのですよね。

私は東日本大震災で携帯電話が電池切れを起こして以来、機械「だけ」に全面的に依存することにどうしても抵抗感があります。デジタル社会は本当に便利ですが、それが使えなくなったとき、あるいはそういう環境に身を置けないときにどうするかを、今回の顛末で訓練できたように思います。

(2016年2月15日)

【今週の一冊】

“The Little Book of Common Sense” Terry Wogan, Orion Publishing 2014

子どものころ、私は父の転勤でオランダとイギリスに暮らしていました。英語がまったくわからなかったこともあり、当時の私にとっての慰めは「音楽」。クイーンやデビッド・ボウイ、アース・ウィンド&ファイアーやクリフ・リチャードなど、色々なアーティストの音楽をラジオから聞くことは私にとって喜びでした。今のようにインターネットもなく、日本から入ってくる情報も少なかった分、目の前にある限られたエンタテインメントをどう楽しむかを子どもなりに工夫していたのかもしれません。テレビやラジオの音楽番組のおかげでクラスメートと共通の話題ができ、それが仲良くなるきっかけにもなりました。

今回ご紹介する本の著者はイギリス国民から愛されたDJのTerry Wogan氏です。BBC Radio 2の司会者として長年看板番組を持ち、多くの音楽を世に紹介してきました。私自身、子どもの頃よく彼の番組を聞いていたことを思い出します。他にもBBCが放映するチャリティーショーのキャストを務めたり、インタビュー番組でゲストと楽しいやりとりを繰り広げたりということで知られていましたが、残念ながら先日、ガンにより77歳で亡くなりました。イギリスは今年に入ってからデビッド・ボウイに続いてウォーガン氏も亡くなったことから、国民的財産の訃報を人々は悲しんでいます。

ウォーガン氏はアイルランド生まれ。ラジオから聞こえてくる英語も少しクセのある発音でした。けれども独特の話し方と温かみのある声は、ラジオであっても耳にすればすぐにウォーガン氏であることがわかります。CNNの放送通訳で先日シフトに入った際、その訃報が流れたのですが、若かりし頃のウォーガン氏の映像には、口角を上げてにこにことラジオマイクに向かって話す姿が映し出されていました。自分の仕事への愛があるからこそ、あのような穏やかさが自然と出ていたのでしょう。

本書は氏が綴った人生訓のような一冊です。130ページほどの手のひらサイズの本で、イラストはSimon Pearsall氏によるもの。このイラストレーターの風刺画はイギリスではよく目にするので、私にとってはうれしかったですね。

さて、読みやすいサイズの本ではあるのですが、ウォーガン氏出身のアイルランドやイギリスのユーモアを根本から理解していないと、なかなか難しい一冊でした。何となくこういうことを言いたいのかなということは想像できるのですが、掛詞や連想などを知っていてようやく100%解釈可能という感じがします。

ユーモアを理解するというのは、その国の歴史や文化・風習などをトータルで知っておく必要があるのですよね。英語力だけでなく、教養面でまだまだ知らないことが自分にはあるのだと気づかされた一冊でした。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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