INTERPRETATION

第297回 授業に何を求めるか

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

春の足音も聞こえてきました。これからは卒業式に桜の開花、入学式など行事が続きますよね。新年度が始まるといよいよ授業開始。私も目下、指導先での教材準備を進めているところです。

10年ほど前から通訳業と合わせて大学で教え始めました。通訳学校での指導も合わせると、「教壇に立つ」ということをずいぶん続けてきています。どのようにすれば学習者に有益なものを提供できるか常に考えており、今なお試行錯誤の日々です。同じことを別クラスで実施しても反応が今一つだったり、思いがけないところで大いに受けたりというのが「クラス」というものなのです。受講生も多種多様だからこそ授業というのは「有機的なもの」なのでしょう。これからも色々と工夫をしていきたいと思っています。

授業を行う上で私が意識しているのは、「学習者の立場に立つ」という点です。スポーツクラブのレッスンを受けたり、各種セミナーへ出かけたりすることで、学習者の視点を忘れないようにしたいと思っているのですね。先生方が教えて下さる内容にももちろん注目しますが、指導方法そのものから学ぶべき点もたくさんあります。間(ま)の取り方や視線の配り方、声のトーンなど、ヒントとなるものがあるのです。

時間的・エネルギー的効率から考えれば学習者にとって一番効率的なのは、やはり「独学」でしょう。教材費は少なくて済みますし、わざわざ時間を費やして自分のスケジュールを合わせて教室まで行く必要がないからです。それにも関わらず、通学という方法を選んだ学習者は、あえて高い授業料を払い、その授業日程に合わせてまで来て下さいます。つまり、その学習者は学びに対して大いにコミットしたいという決意を示しているのです。だからこそ、指導する側もそれに真剣に応える必要があるというのが私の考えです。

通学条件も受講生によりけりでしょう。「授業料がお手頃価格だから」「家や職場から教室が近い」「スケジュール的にちょうど良い」など様々です。さらに教員の質が高く、授業も楽しく、同じ受講生と励まし合えるような雰囲気であれば、学習への動機付けはさらに高くなります。

私は現在定期的にスポーツクラブへ通っています。そのクラブは全国展開しており、スタジオプログラムもそれぞれ同一内容です。1年に数回は一定期間、同じ曲に同じ振付のレッスンをしてくれるため、その時期であれば他店舗へ出かけても同じ内容を受けることができます。出張の多い社会人や、私のように都内のあちこちを移動する者にとっては、たとえ初めて出かける店舗であっても参加しやすくなっています。

インストラクターの皆さんはきちんと研修を受けていますので、高いレベルのレッスンを受けることができます。ただ、興味深いのは、細部に関してはインストラクターの個性も大いに期待できる点です。よって、途中で面白いトークが入ったり、指示出しがより具体的だったりということもあります。

随分前のこと。いつものインストラクターがお休みしたため、代講の先生による指導となりました。普段のレッスンも大いに私は楽しんでいたのですが、代講の先生は筋肉の意識の仕方などがより具体的であったのです。同じレッスンであったのに、その日はいつも以上に汗をかいたのが私にとっては強烈でした。

その先生は普段他のお店や時間帯で指導していました。私はその代講をきっかけに、先生のレッスンを探し、わざわざ他店舗まで出かけるようになったのです。地元ではないため、時間も交通費ももちろんかかります。けれども指導内容が素晴らしかったおかげで、私にとっては「運動をする機会」が増えたのです。これは嬉しかったですね。

授業に何を求めるか。それは受講生次第です。けれども、「時間とお金を費やしてでも学びに行きたい」と思わせて下さるような授業をして下さる先生は、私にとって本当に偉大です。

だからこそ私自身、そうした授業を実践できるような指導者になりたいと思っています。

(2017年3月6日)

【今週の一冊】

「Border 僕らの知らない国境」 メディアソフト書籍部著、三交社、2016年

春休みに入り大学の授業がなくなったため、今の時期こそ楽しめることに取り組んでいます。その一つが「濫読」。とにかく大量の本を芋づる式に興味の赴くまま読む、という試みです。そのため、週1回は大学へ出かけ、一日中図書館にこもり、本を読み漁ります。帰りには大量の本を借りて帰宅し、1週間かけて読破。それを持って翌週の同じ日にまた図書館へ、ということを繰り返しています。こうして得た大量の知識を授業に反映させたいと考えます。

私が指導している大学の図書館は、正面入り口を入るとすぐに新刊図書が陳列されています。今回ご紹介する写真集はそこで見つけた一冊。「国境」という文字に惹かれて手に取りました。と言いますのも、アメリカ大統領選挙の最中からトランプ氏は「メキシコとの国境に大きな壁を作る」と述べてきており、先日の議会演説でも同様のことを語ったからです。「アメリカとメキシコの国境というのは、具体的にどのような形状のものなのかしら?」という素朴な疑問が私の中ではあったのでした。

日本は四方を海に囲まれています。よって、「国境」と聞いても具体的な「線」や「壁」を想像するのは少し難しいかもしれません。しかし、本書を読み進めると、世界にはたくさんの国境があることがわかります。壁やフェンスなどのところもありますが、その一方で、一歩またげばすぐお隣の国、という場所もあります。たとえばオランダとベルギーのバールレ・ナッサウでは、家の中を国境が走るというケースも存在します。説明には「家の中を国境線が走る場合、家族全員の国籍は、正面玄関が存在する方の国と定められている」と出ています。興味深いですよね。

本書にはヨーロッパの和やかな雰囲気の国境もあれば、現在紛争中の中東などの写真も出ています。どの一枚からも、そこには人々の普通の生活を垣間見ることができます。そうした人たちの平和を願わずにはいられません。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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