INTERPRETATION

第337回 仕事道具にこだわる

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

みなさま明けましておめでとうございます。旧年中は本コラムをお読みいただきありがとうございました。今年もみなさまにとって少しでもお役に立てるような文を寄稿してまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、昨年末の少し仕事が落ち着いて来たころから、私は自分の仕事道具を見直すことにしました。電子辞書やカバンなど、仕事で使うグッズの刷新を図ったのです。きっかけとなったのは、「電子辞書の反応が遅い」という小さな懸案でした。

ただ、以前の買い替え時のように電子辞書そのものが完全にダウンしたわけではありません。まだまだ使えます。しかも手持ちの電子辞書にはたくさんのコンテンツが

入っていますので、わざわざ買い替えるのはもったいないと思っていました。それなりの投資も必要ですし、同一メーカーであっても、キーボードや仕様のマイナーチェンジもあることでしょう。そうしたものに慣れる時間と手間が惜しいように思えたのです。

ただ、キーボードの反応の悪さは気になっていました。使うたびに「あ~、またキーを押しても反応しない!」という潜在的苛立ちのようなものを感じていたのですね。我慢できなくはないけれど、愉快ではないという感覚です。

実はこうした目に見えない小さなイライラというのが一番良くないのではないかと、次第に私は思うようになりました。せっかく好きな英語の仕事をして、大好きな辞書引き作業をしているのに、それがつまらなくなってしまっては本末転倒です。ゆえに思い切って新しい電子辞書を買ったのでした。

せっかく手に入れるのであればと思い、奮発して最新かつ最上位機種を買いました。結果は大正解でした。キーの反応も速く、重さも格段に軽くなり、持ち運びもさらに楽になりました。なぜもっと早く買わなかったのだろうと悔やんだほどです。そう、日常的に使う仕事道具だからこそ、惜しまずタイミングよく購入することを自分に許すべきだったのです。

これを機に他のものも見直しました。「今、使っているもので、何となく我慢して使っているものは?」と身の回りを見渡してみたのです。その結果、購入対象として挙がったのがハンドバッグとビジネスリュック、財布とダウンジャケットでした。

ダウンジャケットは数年前に購入したものなのですが、だいぶダウンがくたびれています。しかも先日、炭酸飲料をこぼしてしまい、シミだらけになっていました。ただ、こちらはダメモトでクリーニングに出したところ、見違えるほどシミが取れて戻ってきました。ですのでダウンジャケットは再購入ではなく、このまま使うことにしました。

ハンドバッグも、実は数か月前に「そのまま倒れず自立するものが欲しい」と思い、新調していました。ところがそれは革製で自立する分、重くなってしまったのです。そこでしまい込んだ先代の軽いバッグを再びクローゼットから取り出し、再活用しています。やはり私にとっては軽さが最優先です。

ビジネスリュックも重さと汚れが気になっていました。ネットで探したところ、さらに軽量の女性用リュックがあることを発見。色も私のお気に入りのレッドでしたので迷わず購入しました。今まで入れていたものを移し替えても非常に軽く、これで肩こりが軽減されそうです。

お財布も長年使いこんでいる分、くたびれてきていました。私は長財布を使っているのですが、ジッパーの開閉がしづらくなってきており、レジでお財布を開けるたびに引っかかっていたのです。いつかそのままジッパーがにっちもさっちも行かなくなるのではとドキドキしながらの利用が続いていました。

数年前から実はチェックしていたお財布があります。日本のメーカー製で、名前通り薄いお財布が売られているのです。カード用ポケットも5枚分しかなく、小銭も15枚ぐらいしか入りません。けれども厳選してお札やコインにカードを入れさえすれば、非常に軽量かつ薄い状態で使えます。そこでこの商品を思い切って買いました。結果はこちらも大正解。購入を機に手持ちのカードを5枚に絞り込み、持ち歩く際にも小銭をジャラジャラと入れなくなりました。会計時にキリの良いお釣りを目指すべく暗算をする必要はありますが、ぴったり決まったときなど気分爽快です。お金を払うたびに頭の体操をして、スリムなお財布を持ち歩ける快感を抱いています。日常生活におけるちょっとした達成感です。

このようなことから気づいたこと。それは、自分の仕事道具への投資を惜しむのはかえってもったいないということでした。その勢いで先日もPCを新調し、目下、データを業者に依頼して移行していただいているところです。長年買い替えが気になっていましたので、勢いで購入して本当に良かったです。

最後にもう一つ。

自分の仕事道具の中でも最も大切にケアせねばいけないのは、実は自分の体だと改めて思いました。健康第一だからこそ、仕事もプライベートも充実できるのですよね。今年も睡眠、栄養、運動に気を付けて一年を健やかに過ごしたいと思っています。

(2018年1月9日)

【今週の一冊】

「『家事のしすぎ』が日本を滅ぼす」 佐光紀子著、光文社新書、2017年

昨年11月から年末にかけては怒涛のような日々でした。「やってもやっても仕事が終わらない、家事はてんこ盛り、家族がダウン」という状況だったのです。自分に体力があるときは、こうした時も対応できます。けれども私自身の疲労蓄積もあり、クリスマス前はクタクタでした。

しかもこの時期と言うのは、どこを見渡しても「大掃除」「クリスマス」「お正月」の大合唱です。やらねばならない家事が雪だるま式に増えるシーズンです。「あれもやっていない、これもまだ」と思えば思うほど、自分の能力不足に嫌気がさしてしまいました。

そのような時に出会ったのが今回ご紹介する一冊です。著者の佐光氏は翻訳家として有名ですが、上智大学の修士課程で研究も最近なさっており、本書も学術的観点から日本の家事をとらえた一冊となっています。特に前半は各種データや海外の様子なども詳細に書かれており、アカデミックな内容となっていました。説得力があります。

私が救われたのは本書の後半部分です。読み進めると、いかに「きちんと」すべてを行うことが日本の中では良しとされているかに気づかされます。本人が快適であれば、何も世間の「きちんと」基準を気にする必要はないはずです。けれども周囲の雰囲気やマスコミの報道などにより、私たちは知らず知らずに最適解答を求め、それに向けて自分を縛ってしまうのです。

本来「家事」というのは快適かつ安全に暮らせるのであれば、その基準の幅はもっとあって良いはずだと私は本書を通じて感じました。「そこまで綺麗に掃除するのは私にはムリ」というのもアリだと思うのです。あまりにも完璧を求めてしまい、心身ともに疲れ切ってしまえば、それは本末転倒です。

本書を読了してまず思ったこと。それは「年末の大掃除はほどほどにしよう」ということでした。もっと暖かくなったら取り組めばよいのです。そう達観できただけで、穏やかな年末を迎えることができました。感謝!

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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