INTERPRETATION

Vol.55 「会議通訳とアメリカ研究の両立」

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】

木内裕也さん Yuya Kiuchi

幼少から英語の勉強を始め、高校在学中に長野オリンピックボランティア通訳をご経

験。

通訳トレーニングのできる上智大学外国語学部英語学科へ入学し、

大学3年時に国際会議での同時通訳デビューを果たす。

卒業後、米国大学院にて通常6年はかかる博士号を3年という速さで取得。

現在は米国にてご自身の研究を進めながら、会議・放送通訳者、出版・実務翻訳者と

してご活躍中。

今日はハイキャリアの「American Culture and Globalization」というコーナーを担当されている木内裕也さんにインタビューしました。テンナインと木内さんとの出会いは木内さんが大学三年生の時でした。スタッフが木内さんの面接を担当していて、「すごく天才的な大学生が登録に来た!」と大騒ぎしていたのを今でも記憶しています。ハイキャリアの通訳インタビューは2回目になりますが、よろしくお願いします。

第一回目インタビューはこちら→https://www.hicareer.jp/inter/interview/vol14.html

Q1、まず通訳者になろうと思ったきっかけを教えてください。

4歳から英語の勉強を始めました。両親が英語を苦手としていたので、息子にはせめて勉強させたいという思いがあったようです。それからずっと英語が好きで勉強していたのですが、高校2年生の終わりに長野オリンピックでボランティア通訳者として参加したのが、通訳者を目指したきっかけです。通訳の内容は「トイレは何処ですか?」とか「次の競技は何時からですか?」といった簡単な内容でした。元々スポーツは大好きだったので、とにかく毎日楽しかったのを覚えています。ちょうど大学受験を控えていましたから、大学では通訳トレーニングが受けられる上智大学に行こうと心に決めました。大学入試出願に必要なTOEICの試験を受けて730点をクリアしました。

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Q2、大学三年生で同時通訳者としてデビューされたとお伺いしましたが、どのような勉強をされたのでしょうか?

大学では井上久美先生の通訳授業を取りました。授業は1年間でトレンドと日米表現辞典 2冊の単語をすべて丸暗記するといった厳しい内容で、多くの学生が挫折する中、必死で勉強しました。通訳トレーニングを始めてTOEIC,TOFEL共に満点を取ることが出来ました。そして大学3年生のある日、「読み原稿の出るスピーチがあるから、やってみないか?」と井上先生から国際会議での同時通訳デビューのチャンスをいただきました。実際に人前で通訳をするのは初めての経験でした。先生から「ベタ訳を付けていいから、耳から聞こえてきた音を、とにかく全部拾う気持ちでやってみなさい」とアドバイスをいただき、当日を迎えました。これはよくあることですが、会議の寸前で原稿が変わってしまったんです。両端を井上先生ともう一人大先輩の通訳者の方に囲まれて、通訳をしました。大量のメモが先輩たちから回ってきましたが、そのメモに目を通す余裕は全然ありませんでした。とにかく耳から入ってくる音を訳すことに集中して、約7分間同時通訳しました。その後を井上先生にバトンタッチしたのですが、私が落とした情報もきれいに入れながら、同時通訳をされました。さすがプロだと思った瞬間です。

Q3、私も井上先生のことをとても尊敬しているのですが、木内さんは井上先生の影響をすごく受けていらっしゃいますね。

はい、私は上智大学を選んだのも井上先生の授業を取るためでした。通訳学校に通った経験はありません。技術はすべて井上先生から学びました。「もしも通訳をやっていくのであれば、それもいいけど、アメリカの大学院に行ってもっと深くものを考える力を身に付けたほうがいい」と先生にアドバイスをいただき、国際ロータリーの交換留学生としてフランスに1年、大学3年生の時にボストンカレッジで1年学びました。そして上智大学卒業後に、修士号と博士号を取るために渡米しました。

Q4、アメリカでの生活はどんな感じですか?

私の研究者としての専門はアメリカの歴史と文化の研究です。メディア、特にインターネットやケーブルテレビを中心に置いて、それがボストンとデトロイトのアフリカ系アメリカ人コミュニティにどういう影響を与えたかという歴史的な研究を行っています。最近はテクノロジーが若者に与える影響の研究もしています。アメリカや日本、ヨーロッパで通訳の仕事も受けています。またそれ以外に、サッカーの審判の仕事をしています。これは体力が必要なので毎朝約10キロ走り込んでいます。出版翻訳ではバラックオバマ大統領の「マイドリーム」という自伝も印象に残っています。

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Q5、木内さんのマルチな活躍ぶりにはいつも驚かされているのですが、24時間どうやって時間管理をしているのでしょうか?

特に時間管理の意識はしていませんが、やるべきことをリスト化して取り組んでいます。研究者としては、こなすべき課題の期限が6年後ということもありますから、すべて優先順位をつけて、アジェンダを決めて実行します。その日にこなすと決めた内容が終わってしまえば、例え昼ごはん前に仕事が終わってしまっても、午後はリラックスするだけ。逆に、仕事が終わらなければ、翌日に影響がない程度で、夜まで仕事をします。「何時間仕事をしたか」よりも「すべき仕事を終えたか」のほうが重要ですから。基本的に日程はアウトルックで管理していますので、手帳は持ち歩きません。アウトルックとブラックベリーをシンクロさせています。

現在はミシガン州立大学で助教授としてアメリカ史とアメリカ文化の講義を教えていますが。基本的には午前中に授業や大学での仕事が入っています。またシーズン中は大体、午後4時位からサッカーの試合があります。それ以外の時間にやらなければならないリストをどんどんこなしていくイメージです。一般的にオフィスで働く人は一日8時間働きますから、私も授業や審判の仕事を含めずに8時間は研究しようと自分に課しています。研究者は本や論文を読み、執筆するのが仕事ですから、それらを読んだり、研究論文を書いたり、リサーチをしたりします。研究で読むものはほとんど英語なので、英文を読むスピードは速いと思います。メモを取りながら細かいところまで読まなければならない本は大体1時間に40ページのスピードで読みます。大体の内容を把握するだけでいい資料は1時間に70ページぐらいのスピードです。このようにペースを把握しておけば、本1冊を何時間で読めるのか事前に分かりますから、逆算してスケジュールを組むことができます。本は別に研究室でだけではなく、天気がよければバルコニーで読むことも出来ます。移動中に読むこともできるので、どこでも仕事が出来るのです。

Q6、アメリカの大学で苦労されたことはありますか?

大学院では授業ごとに課題の本が毎週1冊ずつ出ます。本の内容をディスカッションできるぐらい読み込まなければならないのですが、最初ボストンカレッジに行った時は本を読むスピードがそれほど速くなく、英語の学術論文にも慣れていなかったので苦労しました。ただ似た分野の本をたくさん読んでいるうちに、次第に速く読めるようになりました。当時読んでいた本を今手に取ってみるとあらためて新しい発見があります。同じ本を何回も読んで、あえて違う色で余白にメモを取ったりするのですが、昔はここが重要だと思っていたけど、本当はここが重要なんだということもよくあります。ただ、最初からすべてを理解しようと完璧主義過ぎると、英語を読むスピードが早くなる前に挫折してしまいますから、ある程度理解できれば、その本はそれでいい、位の気持ちが長期的には適当かも知れません。すぐに読むスピードが上がるわけではないですから。

論文を書くのも最初は苦労の連続でした。まず英語と日本語では構造が違います。文法だけではなく、論文全体の流れや、パラグラフの構造も大きく異なります。結論を先に言うのが英語なので、それに慣れるのが大変でした。教授に論文を添削してもらったり、友達に文法を添削してもらったりもしました。今では大学1年生向けにライティングの授業を教えることもありますが、当時の苦労が役に立っています。

また日本人は発言する時には重みのあることを発言しなければならないと思いがちですが、アメリカ人は思ったことをすぐに口にします。発言して意見交換することによって、そのうち深い発想が生まれるという考え方です。それだけに勢いのあるアメリカの学生の間に割って意見が出来るようになるまでには相当の時間かかりました。自分の発言が間違っていたらどうしよう?反論されたらどうしよう?と考えてしまい、つまり自信がなかったんですね。未だに修士課程の時の友達には「静かだったね」と言われます。「1回の授業で、1度は発言するようにしよう」と意識するようにして、ミシガンで博士課程を始めたくらいから、少しずつ発言ができるようになりました。

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Q7、通訳だけでなくアカデミックなものを体験されたことは、ご自身の中ではいい経験でしたでしょうか?

はい、よかったと思います。通訳現場では、スピーカーのロジックをつかみやすくなりました。アカデミックの世界では自分の主張にロジックがなければなりません。研究者はリサーチをすることが仕事でもありますから、通訳の事前勉強についても、必要な情報を短時間で収集する能力が培われました。

Q8、通常は6年かかると言われている博士号を3年で取得されました。異例の速さだと思うのですが、博士号を取るまでの過程を教えてください。

修士号を取得した後に博士課程に入学をすると、まず規定の単位を取得しなければなりません。少人数制で授業内容はかなり濃いものですが、普通の大学とゼミと似たイメージでしょう。それぞれの授業が3時間で、その週に宿題として出されていた学術書の内容をとことんディスカッションします。教授の講義ではありません。1学期は約15週間で、毎週のアサインメントと、学期末のアサインメントをこなして成績をもらいます。アサイメントの多くはレポートでした。授業を受けている間に、自分で指導教授を4人決めて、委員会を作ります。この4人が最終的に博士号を与えるか、与えないか決める訳です。規定数の授業を受けると、3つの大きな試験が待ち受けています。それぞれの試験で、自分の専門分野となる領域の内容の知識が問われます。つまり、その分野で博士号を持つ専門家として充分な知識を有しているか、試されるのです。それぞれの試験に向けて約100冊の本のリストがあって、それを読み終わった後試験を受けます。論述式の試験で、解答は30ページ位の論文にまとめます。期限は72時間です。試験問題をもらってから72時間以内に解答を提出すれば、その時間はどう使ってもかまいません。3つの試験を終えると、指導教授4人と集まって、再度すべての試験内容について、今度は口頭で試験されます。100冊×3試験の課題は全部読みました。きっと全部読まなくても試験は合格できたと思うのですが、研究者にとって大切なことは試験にパスすることではなく、研究して知識を身につけることですから。

すべての試験にパスをすると、その後博士論文のプロポーザルを書き、4人の教授に送って承諾を得ます。このプロポーザルを認めてもらうだけで1年かかったという友人もいます。これが認められると、博士論文のリサーチと執筆が始まります。私は約800ページの博士論文を書きました。指導教授のフィードバックをもらいながら論文の最終原稿が書き終えると、ディフェンスと呼ばれる口答試験が行われます。それぞれの先生から30分ぐらいの質問があり、その質問に答えていきます。きちんと答えることができれば、そこで博士号がもらえます。授業を履修するのに2年、3つの試験を受けるのに2年、論文を書き終えるのに2年というのが一般的なペースです。

Q9、博士課程を終えたら日本に戻ってきて通訳の仕事をされると期待していたのですが、アメリカに残ると選択されたのはどうしてですか?

私も博士号を取ったら日本に戻ってくるつもりでした。ただ今住んでいるミシガンは研究の環境もいいですし、アメリカでの通訳の仕事も、大学で教える仕事も充実しているので、アメリカに残ることにしました。今の段階ではずっとアメリカにいる可能性が高いと思います。日本の大学で教えるというのは今のところ考えていません。日本だとどうしても高校の世界史の延長になってしまい、学生と深い学術的なかかわりができないと思うのです。アメリカでアメリカ史を教えるというのは、自国の歴史なのでみんなが知っているということもあり非常に面白いですね。特に私の研究は近代の大衆文化なので、その国にいないと出来ない研究もあるんです。

現在はH1Bというビザでアメリカに滞在していますが、博士号を持っていると永住権が取りやすい環境にありますから、どこかのタイミングで申請するつもりです。ただ今後も研究だけでなく、通訳の仕事も続けながらバランスよく仕事をしたいと考えています。アメリカの通訳は条件面で日本より厳しいです。移動の距離も広いですし、1日全日の逐次通訳は、大体の場合が一名体制で行います。日本では考えられないですよね。

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Q10、通訳をするときに心掛けていることはありますか?

現場に行ったらとにかく柔軟な対応をします。自分がなぜそこにいるのかと常に考えて、自分ができることはすべてやります。資料がないから出来ませんとは絶対に言えませんよね。とにかく自分の能力でできることなら、必ず対応します。

Q11、最後に通訳者を目指している人にメッセージをお願いします。

シャドウイングやサイトラ、単語を覚えるというトレーニングは、基本的だけど重要だから絶対にやるべきです。後は知識を広げることが重要ではないでしょうか? 例えば昨日、Aという会議で通訳をしたとします。そのパフォーマンスと比較して、今日のBという会議でのパフォーマンスが劣っていたら、それは通訳力ではなく、内容の理解度に違いがあるからでしょう。内容が分かっていれば通訳に反映されるし、分かっていなければパフォーマンスは落ちてしまいます。そして仕事の半分は日本語ですから、英語だけでなく、日本語の表現を磨くことも重要です。国際会議では訛りが強い英語の通訳をすることもあります。プロの通訳者であっても100%完璧に聞きとれている訳ではありません。マイクのトラブルもあるし、発言者の横で誰かが咳をするかも知れません。100%聞き取れなければ通訳出来ないとは言えない訳です。

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国際会議の通訳者になるには時間がかかります。私の場合はチャンスをいただき大学三年生でデビューできましたが、なかなかその機会はめぐってきません。時間がかかるかも知れませんが、能力や知識は自分のものになれば失われることはありません。信念を持って継続的に努力すれば、必ず形になるのが通訳者だと思います。通訳は最終的にはパフォーマンス次第です。訳せたか訳せなかったか、正しいか正しくないかで判断されます。感情が伝わったか、伝わってないか、ある意味○か×しかないんですよね。努力をした分だけ○が多くなるし、努力をしなければ×が多くなります。

冬の間にするレフェリーとしてのトレーニングもそうです。ミシガンの冬は-20度になることもあります。でも、温暖なフロリダに住むレフェリーは外でトレーニングをしていて、そのレフェリーより優れたパフォーマンスをしなければ、割り当ては回ってきません。ですから寒くてもジョギングに行きます。勉強は辛いけど、今同じように通訳になりたいという人が頑張って勉強していて、その人がよいライバルになるのだ、ということを忘れないでください。

編集後記:

現在ミシガン州立大学助教授の傍ら、会議通訳や翻訳、そしてサッカーの審判員として多彩な活躍をされている木内さんですが、お話しをすると「とてもバランスのいい方だなぁ」と驚きます。そして常に自然体で謙虚な姿勢に、私自身学ばされることが大変多くあります。「能力や知識は自分のものになれば失われることはありません。信念を持って継続的に努力すれば、必ず形になります」という言葉がいつまでも心に残っています。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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