INTERPRETATION

Vol.75 デジタルと融合する通訳を!

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】鎌田恵美里さん
アメリカ・ロサンゼルス生まれ。帰国後はインターナショナルスクールを経て、国際基督教大学卒業。大学在学中にアルバイトとして、通訳の仕事と出会う。語学力を活かし、いくつかの企業にて勤務後、「もっと色々な世界を見たい」と通訳者の道へ。現在は、フリーランス通訳者として、エンターテイメントやIT、広告など幅広い分野でご活躍中。

工藤:本日の通訳者インタビューは会議通訳者の鎌田恵美里さんです。私と鎌田さんとの出会いは20年以上前で、とても長い付き合いになります。確か当時鎌田さんは大学生でしたよね?

鎌田:はい、大学4年生の時でした。工藤さんは私の恩人です。工藤さんがいたから今の私があります。

工藤:いえいえ、懐かしいです。本当にたくさんの思い出を共有しましたね。まず鎌田さんと英語の出会いから聞かせてください。

鎌田:私はカリフォルニアのロサンゼルスで生まれました。父が台湾人、母が日本人という家庭に育ちました。父の仕事の関係でずっとアメリカで生活する予定だったのですが、母が日本に帰国したいと強く願って、6歳の時に日本に戻ってきました。

工藤:日本に戻られて言葉の問題は大丈夫でしたか?

鎌田:高校卒業まではインターナショナルスクールに通っていましたので、英語に苦労することはありませんでした。授業は全部英語でしたので、今では母国語は日本語だと自信を持って言えますが、当時は英語が母国語だったと思います。

工藤:ロサンゼルスでは日本語の勉強もされていましたか?

鎌田:いいえ、やっていなかったです。ただ父と母は日本語でコミュニケーションを取っていたので、家の中では日本語、学校では英語でした。漢字は主に漫画で勉強しましたね。(笑)インターナショナルスクールは学校内で日本語を話してはいけないというルールがありました。当時は50国籍ぐらいの学生がいて、日本人は少なかったと思います。ただいったん学校から外に出ると、そこは日本なので日本語を使っていました。

工藤:大学はICUに進学されていますね。

鎌田:大学では美術と音楽を専攻しましたが、最初の2年間は日本語を集中的に勉強するコースを受講しました。今振り返ると日本の大学を選んだのは、私自身が日本人としてのアイデンティティーを確立したいという気持ちがあったからだと思います。高校まで恵まれた環境ではあったですが、心の中で自分が何者なのかわからなくなった時期がありました。自分のアイデンティティーをしっかり持つためにも日本の大学で、日本人としての自分を追求しようと思ったのです。

工藤:幼少期からいろんな国の考え方や価値観に触れられた背景を考えると、そのお気持ちがわかるような気がします。

鎌田:高校までの環境は自分の意見を主張するのが日常でした。政治的、宗教的なこと、そして女性として生きていくことについても、当たり前のようにみんなでその権利について話し合い、自由にディベートしていました。大学生になった時に強いカルチャーショックを受けました。日本社会が垣間見えるようになって、均質なところに窮屈さを感じたこともあります。

工藤:そして大学生の時に通訳のアルバイトとして、当時私が働いているエージェントに登録にいらっしゃったんですね。その時は将来通訳者を目指していましたか?

鎌田:いいえ、通訳者を目指していた訳ではなく、英語を使えるアルバイトだと気軽な気持ちで応募しました。大学の授業でシャドーイングのクラスを一度受けただけでした。まだ学生だったので、週に3日間テーマパークの建築現場に入りました。

工藤:当時の事よく覚えています。実際に通訳のお仕事をされてどうでしたか?

鎌田:英語ができるのだから通訳もできるだろうと軽く考えていたのですが、その予測は見事に打ち砕かれました。初日はビジネス用語が分からず、黙ってしまいました。電気配線関係の打ち合わせで英語でも日本語でも専門用語が分からず、もう全然一言も口から言葉が出ない状態でした。

工藤:それでどうされましたか?

鎌田:まず専門用語を勉強するところから始めました。幸いにも現場の方はいい方ばかりで、たくさん教えていただきました。しかしその時もまだ将来通訳者を目指そうとは思っておらず、大学卒業後は美容機器や化粧品の輸入会社に就職しました。社会人としての勉強はできたのですが、そこでは将来自分の目指すべき道が見えませんでした。

工藤:そんな時テンナインにご連絡いただいたんですね?

鎌田:そうです。工藤さんから会社設立のお葉書をいただいていて、なぜかその葉書をとっておいたんです。当時は次の扉を探そうと必死で、葉書を握りしめて公衆電話からテンナインにお電話しました。そしたら工藤さんがお話を聞きたいから一度オフィスに来てくださいと言ってくれたんです。

工藤:覚えています。多分テンナインを立ち上げてすぐのころだと思います。

鎌田:私は恵まれた環境の中で英語を習得することができました。語学を活かして、次の世界を見つけたいと漠然と思っていたのですが、どういう道に進めばいいのかわからなかったんです。そんな時「大学生の時は全然できなかったけど、もしまた一から勉強することができれば通訳者になれて新しい世界が開けるかもしれない」と思いました。

工藤:大学生の時は全然できなかったとおっしゃっているけど、クレームは全然ありませんでしたよ。きっと才能があったのだと思います。

鎌田:そう言っていただけると嬉しいです。でも当時は周りのプロの方達との実力の差を目の当たりにして、自分にはできないと思い込んでいました。工藤さんにご相談したところ「今は通訳者としての実績がないので、最初は通訳チームのコーディネーターの仕事をしながら通訳者を目指してみては?」と外資系スポーツメーカーの通訳コーディネーターのポジションをご紹介いただきました。

工藤:そうでしたね。我ながらいいコーディネーションしていましたね。(笑)クライアントには鎌田さんが将来通訳者を目指していることは、ご推薦する時にお伝えしていました。

鎌田:タイミングもよかったんだと思います。あるシステム導入のプロジェクトで、通訳・翻訳チームのコーディネーション業務でした。プロの方の仕事ぶりを近くで見ることができて非常に刺激になりました。最初1年コーディネーターとして働いて、2年目に社内から通訳者として声をかけていただきました。コーディネーターの経験を次の仕事に活かすことができました。現場でいろんな方と人間関係を構築することができ、それでスムーズに通訳者としての仕事をスタートできました。

工藤:お仕事を紹介したのは私ですが、チャンスを掴むことができたのは鎌田さんの努力の賜物です。次のステップとしてテーマパークの通訳者としてお仕事されていますね。私の印象ではこの時に鎌田さんのスキルがぐっと伸びていると感じました。

鎌田:確かにその通りです。これは余談ですが母はカリフォルニアに住んでいて、私がお腹の中にいた時にフロリダのテーマパークに遊びに行っているんです。その時の母のワクワク感がお腹を伝わってきたのか、私も子供のころからテーマパークが大好きで、いつかその世界で働きたいと思うようになりました。通訳者として夢を叶えることができました。

工藤:以前フロリダのテーマパークマラソンに出る時は、美味しいレストラン情報を一杯教えていただきましたね。実は私は早く鎌田さんにフリーランスの通訳者になって欲しくて時々ご相談していましたが、そちらには長くお勤めでしたよね?

鎌田:6年近くテーマパークで働きました。プール制だったので素晴らしい先輩通訳者と組む機会も多く、プロとしての自覚が芽生えた期間でもありました。チームメンバーのスキルが非常に高く、大いに刺激を受けました。もっと自分の通訳力を上げたいと思い、通訳学校に通いました。同時通訳科を卒業したのもこの時期です。仕事内容はエンターテイメントだけでなく、幅広くいろんな分野を経験しました。エンジニアリングや工学系、食品や商品開発、マーケティング、オペレーションやそこで働くキャストの育成、そしてセキュリティーなど。カリフォルニア、フロリダ、香港、パリにも出張しました。

工藤:その後フリーランスになられるかと思っていたのですが、いったん通訳者を辞められますよね?私は本当に驚いたのですが、当時はどのような心境だったのでしょうか?

鎌田:表現が難しいのですが、通訳という仕事を通してテーマパークの世界を隅々まで見ることができました。次のステップとしては当然フリーランスという選択肢もあったのですが、一言で言えばもっと違う世界を見たいと思ったからです。

工藤:フリーランスになることに不安や、イメージができないという気持ちはあったのでしょうか?

鎌田:いいえ、それは全くありませんでした。フリーランスの仕事というのは、それ自体ものすごく尊い素晴らしい仕事だと思っています。私自身もある程度フリーでもやっていける自信もありました。転職の一番の理由は、別の世界を見たいという好奇心でした。ちょうどそのタイミングでアメリカの動画配信企業からローカライズのポジションでヘッドハンティングされたんです。

工藤:本当にびっくりしました。ローカライズのお仕事はどうでしたか?

鎌田:半年間だったのですが、今振り返ってみるといい経験だったと思います。結果を求められる仕事で、昼夜関係なく仕事をしました。アメリカのサイトを日本語版にするところから、用語集やスタイルガイドの作成、翻訳者の採用からコーディネーションまでやっていました。いくら時間があっても足りないぐらい仕事してました。当時日本に進出したばかりの会社だったので、最初の2か月はアメリカで研修を受けて、日本に戻ってきてからは、自宅や仮オフィスで仕事しました。年収は高かったのですが、その分仕事では結果を求められました。しかしその仕事を通して、私は一つの会社に居続けることが向いてないと気付きました。そこで本格的にフリーランスの通訳者を目指そうと思いました。

工藤:戻ってきてくれて本当に良かった。(笑)

鎌田:紆余曲折した分回り道だと思われるかもしれませんが、外を体感したからこそ、今フリーランスとして自分が自分らしく働けていると思っています。毎日様々な分野で様々な人の通訳をするのが怖い時期もありましたが、毎日スキルを磨いていけるのが楽しいと思えるようになりました。

工藤:ところでいつもスリムな体形をキープされていますが、何かスポーツされているのでしょうか?

鎌田:実は私は太りやすい体質で、人生の半分ぐらいはダイエットしているんですよ。(笑)体形を維持するためにジムに通っていた時期もありますが、今は特に何もしていません。毎日体が必要とするものを食べ、時々自分へのご褒美にスイーツも食べます。毎日ハッピーな気持ちでいることが大切だと思っています。

工藤:一週間のルーティーンを教えてください。

鎌田:平日だけでなく、土日も通訳案件が入ることが多いので、常に準備をしています。あまり休んでいないかも。とにかく今は通訳の仕事が好きで、また楽しんでいます。
起床時間はその日の仕事によって変わります。それがこの仕事のいいところですね。仕事スタート時間の2時間前には起きるようにしています。朝食はしっかり食べ、リモートでもきちんと身支度します。オンとオフをきちんと切り替えて、気持ち良く1日をスタートさせるようにしています。朝食後は用語集を手書きで作ります。PCで作っていた時期もありますが、今は手書きに勝るものはないと思っています。時間にはナーバスなので、何度も時間を確認して会議のリンクもきちんと入れるかテストします。今まで一度も時間を間違えたり会議に遅れたりしたことはないです。お昼は自分で作ることもありますが、Uber Eatsに頼ることも多いです。デジタル万歳ですね。夜に案件がなければ、夕方には仕事を終えるようにしています。毎日仕事をするのは、自分が好きでやっていることですが、同時に自分を大切にすることも忘れないようにしています。リラックスしたり、大切な人と時間を共有したり、毎日8時間は寝るようにしています。後カフェで勉強をすることも好きですね。

工藤:今はオンライン通訳が多いですよね?

鎌田:そうですね。9割以上がオンライン通訳のご依頼です。自宅にはマイクとイヤホンとPCとデバイス何台か購入しました。また自宅に通訳用のスペースを確保し、スタジオのように席から手がすぐに届く場所にすべて揃えてあります。

※ご自宅のリモート通訳セットアップ
バックアップ用のマイク付きイヤホンとケーブル類は、
万が一のために常にお手元に置くようにされていらっしゃるとのことです。

工藤:現場での通訳とリモート通訳ではどんな変化がありましたか?

鎌田:メリットとしては皆さんそうだと思いますが、音声が耳にクリアに入ってくる点は本当に助かっています。移動時間がないので、今まで以上に多くの案件を受けることができます。デメリットは人との出会いが少なくなって、通訳者が今まで以上に影の存在になってしまう点です。パートナーと組んで通訳をする場合は、現場ではメモを取ってフォローしあっていましたが、リモートではそれができなくなりました。現場での通訳者同士の連帯感や暗黙の了解みたいなものがなくなり、無機質な感じになりがちなので、それは残念だと思います。

工藤:これから挑戦したい分野はありますか?

鎌田:メタバースでしょうか?

工藤:メタバース?まだ漠然とした定義ですよね?

鎌田:そうですね。近い将来、雇用も人の交流も仮想空間の中になるかも知れません。現実と仮想空間がどんどん融合して、自分のアバターがその世界に入って、現実の世界を仮想空間で再現するんです。

工藤:仕事も、スポーツも恋愛も、全部仮想空間になる時代が来るかもしれないということですね。DX時代を生き残るには、通訳者もデジタルを有効活用していった方がいいですね。

鎌田:まさにその通りで、どんどんデバイスやツールを活用するべきです。CAI(Computer Assisted Interpretation)という言葉がありますが、今は全部機械によって置き換わるところまではいっていないと思います。ただスピーカーの声を音声認識して文章化し、そのままサイトラしていくとか、全部使えなくても数字を拾うことはできます。あるいは自分の勉強用にオンラインのツールを活用することができます。これからもっと通訳者の価値は変化すると思います。今までの伝統的な通訳形態は続けながらも、Z世代と言われる人達が活躍する環境を支えられるような通訳者になりたい。これから向かっていく時代の中でも、通訳者が貴重な存在になっていけるように、従来のやり方に固執せず新しいことにどんどんトライしたいと思っています。

工藤:まさに変化するものだけが生き残るということですね。翻訳業界では機械翻訳が非常に浸透してきました。同様にこれからは通訳の世界もデジタルを活用する時代だということですね。

鎌田:ゼロイチではないと思います。デジタルを取り入れつつ、機械ではない人間が訳出している言葉の温かみがあるアウトプットも大事です。どんな時代になっても人の思いを伝えることは変わらないはずです。デジタルを否定するのではなく、自分と融合させながら、自分の価値を高めていくことができると思います。

工藤:私たちエージェントしてもそうありたいと思います。どんなにデジタルの時代になっても最後は人ですよね。

鎌田:ローカライズ翻訳の世界では、AIをベースにしたプラットフォームで事業をしています。一度機械翻訳にかけるのは当たり前の世界なので、機械翻訳レベルの翻訳しかできない翻訳者は淘汰されています。機械翻訳がベースなので、それ以下のラインの人はいらなくなるということです。ただ企業はそれ以上の品質を求めていますので、そこを埋めるのは人であり、優秀な編集者が活躍しています。きっと通訳もそうなると思っています。通訳者が言葉に込められた思いを伝えることによって、相手の心に響きます。それはAIにはできないことです。

工藤:これからの時代に求められる通訳者は、人と人の繋がりを大事にしながらも、デジタルと融合し自分の価値を高めていくことですね。

鎌田:私はアナログとデジタルの合間の世代です。もっと若い世代はよりデジタルネイティブなので、吸収するスピードが全然違います。例えばオンライン会議で複数名の通訳者と組んでいる時は、通訳者同士のコミュニケーションはチャットになりますよね?ただチャットの画面を見ながら同時通訳をするのは非常に難しい。また通訳しながらチャットに書き込むこともできません。でも若い世代の通訳者は通訳しながらチャットができたりする訳です。世代の違いを感じました。だからこそ、自分もデジタルを上手に活用していきたいと思います。

工藤:鎌田さんは紆余曲折して、フリーランスの通訳者になられいまでは大活躍されていますが、この仕事を選んでよかったですか?

鎌田:はい、今は毎日が幸せです。今までも人に恵まれ、貴重な経験を積むことができました。感謝しかありません。これからもずっと通訳を続けて行きたいと思っています。後はいつか小説を書いてみたいですね。通訳者の仲間は本当に面白くて素敵な人ばかりで、現場も面白いことがいっぱいあるし、いつかそういった内容の本を書きたいと思っています。

工藤:素晴らしい夢ですね。最後に将来通訳を目指している人にメッセージをお願いします。

鎌田:可能性は本当に無限に広がっています。スキルを磨いたり、通訳学校に通ったり、OJTで勉強することはもちろん必要です。先輩のアウトプットを聞いてその人に弟子入りするぐらいの勢いでシャドーイングしたり、その人を常にイメージしながら勉強するのもいいと思います。人と人の繋がりの中に学びがあり、より良い通訳や訳出ができることを忘れてはいけないと思っています。最近よく耳にする言葉ですが、共に作り上げていく共創という気持ちが大事だと思っています。通訳者もチームの一員としてその一端を担っています。機会があったら仕事が終わった後、笑顔を向けるだけでもいいですし、元気よく挨拶するだけでもいいと思います。そこで自分の中でもエネルギーが生まれてくるし、共創している意識が芽生えてきて、アウトプットが違ってくると思います。

工藤:鎌田さんがクライアントからリクエストが多いのもそういった姿勢ですね。同じ訳をしていても、心の中に共創という気持ちがあると、違ってきますね。本日はありがとうございました。


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