INTERPRETATION

「偏差値1桁でも歴史が好きになれる!」

木内 裕也

Written from the mitten

今週のタイトルは、どこかの学習塾か、売れない学習参考書のタイトルのような響きですが、私の個人的な経験を書きたいと思います。中学、高校と歴史は非常に苦手でした。高校3年生の時に学校で受けた模擬試験では最低でも25であるはずの偏差値で1桁を記録し、今でも母校に遊びに行くと、「お前は本当に歴史が苦手だったよなあ」とかつての先生に言われるほどです。履修する授業を日本史にするか、世界史にするか、という選択を迫られたときも、「漢字を覚えるのは苦手」という理由で世界史を選んだものの、中国史ではもっと複雑な漢字を覚えなければならず、また外国の地名に悩んだ思い出があります。そのため、今の自分の専門分野が歴史である、ということが自分でもなかなか信じられません。

 私の研究の大きなテーマは「歴史や記憶、思い出がどう形作られるか」と言うもの。特にアフリカ系アメリカ人に焦点を当てています。学部の授業を教えたり、学会で発表したりすると、内容はアメリカ史です。今でも日本史やヨーロッパなどの歴史は苦手ですが、少なくとも歴史に対する拒絶反応はなくなりました。

 今の私と、昔の私が歴史に対してどの様な違った見方をしていたのか考えてみると、根本的な違いが1つ見つかります。中学や高校の時は、「何年に誰が、何をした」ということを必死に覚えようとしていました。これはアメリカの学校でも、ヨーロッパの学校でも程度の差はあれ、同じです。やはり歴史の基本は「史実」とされることを理解することにありますから。しかし今は、「なぜAという出来事が覚えるに値する、もしくは史実と呼ばれるに値するのだろう?」「なぜBという出来事は、一般の人だけではなく、歴史を専門にする人からも注目を浴びないのだろう?」といった見方で歴史に接しています。

 例えば、先月学会に出席するためにフィラデルフィアに行ってきました。フィラデルフィアはアメリカ建国の歴史でも重要な街です。ベン・フランクリンのお墓(写真)や、自由の鐘(写真)など、重要なモニュメントや場所が沢山あります。しかし同時に、アフリカ系アメリカ人の歴史を考えると、W.E.B. Du Boisという有名な学者がThe Philadelphia Negroという本を書くために、短期間ですが滞在した重要な都市でもあります。私は彼が住んでいた場所を見つけようと、学会の期間中に空き時間を見つけて、街中を歩き回りました。しかし、彼に関する情報はガイドブックにも、歴史館にもありません。フィラデルフィアの歴史文章館でも確認しましたが、担当者はDu Boisがフィラデルフィアに住んでいたことすら知らない状況。結局、学会に出席していた別の学者が教えてくれましたが、今では写真のような小さな看板があるだけで、公園になっていました(彼を記念して作られたわけではありません)。

 ここで重要なのは、なぜフィラデルフィアについてある特定の歴史にばかり注目が集り、別の歴史に注目が集らないのか、という点です。もちろん、建国の歴史は非常に重要です。しかしDu Boisの功績も非常に重要なものです。せめてガイドブックに言及があったり、何かの記念碑があってもいいでしょう。歴史館の専門家すら、彼が住んでいたことを知らない状況なのです。

 よく考えてみると、Du Boisはフィラデルフィアで歓迎されていませんでした。リサーチのために彼はフィラデルフィアに引っ越してきたのですが、ペンシルバニア大学はアフリカ系アメリカ人の彼にキャンパス内の住居を与えず、街の反対側にあるアパートを斡旋したのです。革新的だったハーバード大学すら、当時は彼の博士論文を1度却下したほどですから、19世紀末では驚くべきことではありません。

 しかしこのように歴史を考えると、歴史や記憶、思い出とは、想像以上に社会や個人が意識的に作り上げるものだとわかります。そんな取捨選択がなぜ起こるのか、何がある出来事を歴史的価値のあるものとし、何がその価値を否定するのかなどを考えるのも、歴史との接し方でしょう。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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