INTERPRETATION

「正しい英語表現」

木内 裕也

Written from the mitten

 通訳者として仕事をする際に気をつけるのは、それぞれの業種や企業に適切な用語や表現を使うことです。同じ言葉が業種や企業によっては違うように訳され、それを混用すると大きな問題に発展することも少なくありません。時にそのような用語は部外秘として扱われることもあるほどです。このブログでは頻繁に私のサッカー活動についても書いています。サッカーの分野でも、決まった表現というのはあります。企業の吸収合併の打ち合わせと違い、少しの用語のずれが大きな問題になることは少ないですが、それでも適切な表現を知っていることは大切でしょう。特にアメリカではアイスホッケーやフットボールなどで使われている表現をそのままサッカーに適用してしまう場合もあり、ネイティブスピーカーですら誤った表現を使っていることが少なくありません。そこで今回はそんな表現を紹介します。

 サッカーには第1条から第17条までの競技規則があります。日本語で競技規則と訳されているのは、英語でLaws of the Gameといいます。言い換えれば、サッカーにRule(ルール)は存在しないのです。ですから「それはルール違反だよ」ということはありえません。サッカーには規則(Law)しかないのですから。しかしアメリカの大学リーグと高校リーグはRulesという表現を使用しているので、これに限ってはルールが存在します。

 サッカー場の境界線は長いのがタッチラインで、短いのがゴールラインです。しかしアメリカ人の多くはサイドラインとエンドラインといいがちです。これは別のスポーツの影響です。

 日本では多くの人が「ファールスロー」という表現を用います。これは正しい方法でスローインがなされなかったことを意味します。しかし正しい英語の表現はillegal throw-inです。ファール(反則)はボールがインプレー中に相手側選手に対して行われることを指しますので、誤った方法でボールを投げ入れることはファールにならないのです。

 日本人が間違えることはまず無いですが、アメリカ人はPenalty Area(ペナルティーエリア)をPenalty Boxと言います。これはアイスホッケーの影響でしょう。Boxというのは正しい表現ではありません。

 最後の例としては、日本でよくPK合戦と呼ばれるものが、アメリカではShoot-outと呼ばれます。これもアイスホッケーの影響です。正しくはKicks from the Markといいます。

 まだまだ似た例は限りなくあるのですが、ここで重要なのは、サッカーのコーチや関係者ですら、誤った用語を使用している点です。日本の英語教育はネイティブスピーカーをあまりに神格化し、ネイティブスピーカーに学べば全てOKという風潮があります。しかしこれらの例が示すとおり、ネイティブスピーカーの話す英語だから正しいということはありません。各分野の本当の専門家の使う表現に触れることこそ、正しい英語を身に付ける手がかりになるでしょう。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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