INTERPRETATION

コミュニケーションのスペシャリスト

木内裕也

オリンピック通訳

TVのスポーツ中継では、試合やレースの直後に監督や選手のインタビューが放送されます。勝ったチームへのインタービューもありますし、負けたチームへのインタビューもあります。また試合の会場で、TV視聴者へではなく、会場に来ている人たちへ向けてのインタビューもあります。このようなインタビューの通訳をすると、通訳者としての「スタイル」や「責務」について考えさせられます。

通訳者の仕事とは、もちろん1つの言語による発言を、別の発言に置き換えること。それをすることで、通訳者がいなければ成り立たないコミュニケーションを可能にし、そこに生まれた価値に対して報酬を頂きます。しかし、そこで生まれる価値とは何でしょうか?

今回の様な、試合後のインタビューを考えてみると、その価値の深さに気づかされることになります。試合後のインタビューで監督や選手が答える話の内容は、かなり予測ができます。インタビューの最初は「嬉しい(悲しい)」ですね。その後には、特に試合やレースの中で勝敗に影響を与えた特定のプレーなどに対するコメントがあるでしょう。何とか乗り切った難関の話もあるでしょう。そして最後には、「次も勝てるように頑張ります」とか「次こそは頑張ります」で締めるわけです。

このようにほぼ100%想定通り進むインタビューをあえて行うのは、その監督や選手の生の声を聞きたいから。そして雰囲気だけでもチームの人達と共有したいからです。

こう考えてみると、監督が「後半の37分に相手チームの9番の選手が……」と言った時に「37分」や「9番」を聞き逃した時にどう対応すればよいのか、自ずとわかってくる気がします。株主総会で提示する翌年の業績予測を話し合う取締役会で通訳をしながら数字を落としたら致命的。しかし、このようなインタビューで「9番」を訳出できなくても、もっと大切なことがあると思います。もちろん、訳抜けがあっても良いということではありません。しかし、コミュニケーションのスペシャリストとして通訳者の仕事を考えると、「9番」という情報より、嬉しさや悲しさを共有できる訳出をすることが求められます。嬉しそうな選手の訳をしていて、「9番」がわからずに不安な声で訳をしてしまったり、訳が止まってしまったら、TVを見ている人にとって、通訳者の価値は生まれません。

通訳者は言葉を置き換える仕事ですから、オリジナルに忠実であることは絶対に必要です。しかしすべての単語を置き換えた、というだけでは不十分であるということを、スポーツの通訳をするたびに思い出させられます。ここに、スポーツの通訳をする醍醐味の1つがあるようにも感じられます。

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木内裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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