INTERPRETATION

正しい単語に気を付ける

木内 裕也

オリンピック通訳

「ネイティブスピーカーの英語から学ぶ」は英語を第2言語として喋る私たちにとっての鉄則と言っても過言ではないでしょう。しかし、ネイティブスピーカーだからと言って正しい英語を常に喋っているとは限りません。日本語を母国語とする人たちが「ら抜き言葉」を使ったり、敬語の使い方を間違えたりするのと同じように、英語のネイティブスピーカーでも間違った表現や単語を使うことはあります。今回はサッカーに焦点を当てて、このような誤用を考えてみましょう。

サッカーの競技場にはペナルティーエリアが2つあります。その中で守備側チームが直接フリーキックで罰せられる反則をした場合、PK(ペナルティーキック)が攻撃側に与えられます。ペナルティーエリアは英語でPenalty areaです。しかし、これを人によってはPenalty boxと呼ぶ人もいます。確かにペナルティーエリアは長方形なのでBoxという表現が誤っているようには感じられません。しかしこれはアイスホッケーで使われるPenalty boxと混同してしまった例。サッカーの競技規則にPenalty boxという表現は1度も出てきません。同様に、ゴールキーパーをGoal keeperではなくGoal tenderと呼ぶ人がいるのも、アイスホッケーの影響です。Goal keeperは競技規則上存在しますが、Goal tenderは存在しません。

サッカーファンの間では色々と議論になるオフサイドの英語はOffside。やはりアイスホッケーやアメリカンフットボールではOffsidesと複数形にされることも多く、誤ってサッカーでもOffsidesと言ってしまう人も多いですが、実際にはSがつきません。アイスホッケーもアメリカンフットボールもアメリカで人気ですから、アメリカ人だけが間違えるのかと思うと、実際にはヨーロッパのファンでも間違える人はいます。また、時にはサッカー協会の人まで間違った表現を口にすることがあり、学習者・通訳者としては混乱してしまいます。

これらの例は、他のスポーツとの混同によるもの。サッカー競技の中で見た目が似ている2つの事象を混同してしまっていることもあります。その例は上記のPenalty kick。PKと呼ばれますが、これは試合中に反則があって与えられたもの。反則をしたPenaltyとしてのKickですね。試合終了後に同点だった場合、勝者を決めるために行われるのはPenaltyではありません。従ってこれはKicks from the penalty markと呼ばれ、区別します。日本語では「PK方式」と呼ばれることが多いです。

日本語でサッカーの「ルール」と言いますが、正式には競技規則であり、Laws of the Game (LOTGと略されます)。RulesはRules of competitionのように、大会ごとに決められた規定を指します。

ネイティブスピーカーでさえ間違えることがあるのですが、LawsとRulesの様に時にはその間違えが誤解に繋がることもあります。もしもある特定の競技を通訳することになったら、その競技の中心となる団体のサイトなどを確認して正しい表現や単語を学ぶことが大切です。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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