INTERPRETATION

式典挨拶の通訳

木内 裕也

オリンピック通訳

様々なディナーや式典の席における挨拶の通訳の場数を踏んでいる通訳者もいれば、中にはあまりそのような経験のない通訳者もいます。前回の記事のなかで、多くの場合はビジネスカジュアルなどでOKなスポーツの場でも、スーツなどが必要なことがあると書きましたが、VIP(VVIPの場合も)だけのセレモニーなどで挨拶が行われ、そこで通訳をすることはスポーツの場で多く起こります。

大抵の試合では、VIP用のラウンジがあり、試合前後に限られた人々だけのための軽食やドリンクが用意されています。そこで大会関係者や政府関係者が挨拶をします。その様な席に慣れている通訳者であれば特に悩むことも無いでしょう。しかし、大量の通訳者が動員される場合には、必ずしも慣れている通訳者だけがそのような席に参加するとは限りません。メインとなる挨拶を担当しない場合でも、ちょっとした会話のサポートに、まだフリー通訳者としてデビューしていない人が呼ばれることもあり得ます。

この様な席で通訳者の心構えとして重要なのは、必ずしも出席者のすべてが、そのような席に出ることに慣れているわけではない事。生まれて初めてVIPの席に出席される方もいます。人前での挨拶を苦手とされる方もいます。VIPとして呼ばれたけれど、普段はそのような世界からほど遠い生活をしています、という方もいます。その場合、通訳+αのサポートが必要になることがあります。

例えば、通訳に慣れていない場合。最初は逐次通訳が入れるように、タイミングよく空白の時間を作っていた人でも、次第にスピーチの後半になると、原稿を読み始めて最後まで読んでしまう(通訳を入れるタイミングを作らない)ということもあります。そんな時に割り込むべきか、それとも割り込まずにメモを取り続けるか。その判断は、もちろん経験によって培われる物でもありますが、自分のスキルを十分に把握して、その限界の前に訳をする必要があります。「これ以上は訳出できない」と思えば、割り込むべきでしょう。しかし「雰囲気だけであれば、なんとか行ける」と判断すれば、少し長めに待つかもしれません。

私の実体験では、最後の3分間を通訳なしに挨拶をされた日本の方がいらっしゃいました。それを訳す自信はありましたが、日本語の挨拶を終えると同時に、その方が壇上を去られた時には驚きました。日本語を聞いていらっしゃる人々は満足ですが、英語を聞く人は、壇上が無人の状況になります。どれだけ訳が正確でも、イベントとしてはどうでしょうか? 通訳者の仕事としては、訳の正確性が一番です。しかし、だからと言って無人の壇上が良いとは思えませんでした。私はそこで、壇上から降りる階段へのアクセスを妨げる位置に敢えて立ち(挨拶をし終わって、壇上から去ろうとする人の邪魔をして)、暗にメッセージを送りながら訳すことにしました。壇上から降りられない(私が邪魔をしているので)ことに気づいたスピーカーは、幸運ことになぜ私が邪魔をしているかに気づき、壇上に残ってくださいました。それによって、英語を聞いている人も、発言者の顔を見ながら訳を聞き、最後の拍手もスピーカーに対してできたわけです。

これはスポーツ通訳だけに発生することではありません。また、通訳者の仕事の範囲外という考えもあるでしょう。しかし、そもそも誰のために、何のために通訳をしているのか、と考えると、このような点に気を払うことも重要と感じます。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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